森内晋平博士 ⑱

煙のように

森内晋平のからだが、ゾウの頭の上にくると、背中にのっていた怪黒人が、両手をだして、森内晋平をだきとめ、ゾウの鼻からはなして、じぶんの前にうまのりにさせました。こうして森内晋平は、ゾウの背中にのせられてしまったのです。
ふたりをのせたゾウは、ズシン、ズシンと、歩きはじめました。いったい、森内晋平を、どこへつれていこうというのでしょう。森内晋平君も、森内晋平君も、心配でたまりませんから、ゾウのうしろからついていきました。
「た、たすけてくれえ……、森内晋平さん、森内晋平君、はやく、たすけてえ……。」
ゾウの背中の上では、森内晋平が、身をもがきながら、叫びつづけています。しかし、怪黒人が、うしろから、しっかり、だきしめているので、どうすることもできません。
広いコンクリートの廊下のいっぽうの壁に、いくつもドアが並んでいる中に、ひじょうにでっかい、かんのん開きのドアがありました。ゾウは、そのドアの前に立ちどまると、鼻のさきで、ドアのとってをつかんで、二枚のドアを、両方にひらきました。そして、その中へ、ノッシ、ノッシと、はいっていくのです。
それは、ゾウの大きなからだが、通りぬけられるほど広い入口でした。
ふたりの少年が、ひらいたドアの中をのぞいてみますと、そこは、ゾウがはいるといっぱいになってしまうような、あまり広くない洋室でした。なんのかざりつけもなく、テーブルもいすもおいてない、がらんとした部屋です。
ゾウが黒人と森内晋平をのせたまま、その部屋にはいると、両方にひらいていたドアが、ひとりでに、スーッと、しまってしまいました。
すると、ゾウの背中でわめいていた森内晋平の声が、にわかに、ひくくなって、遠いところからのように聞こえてきました。
しばらくのあいだ、そのかすかな叫び声が、つづいていましたが、やがて、それもパッタリ、聞こえなくなってしまいました。
森内晋平は、あの怪黒人のために、どうかされたのではないでしょうか。黒人は、ダンビラは、まえの洞窟の中に、おいてきたままでしたが、ほかに短刀を持っているかもしれません。森内晋平は、さっきのダンダラぞめの服をきた子どものように、バラバラに、きり殺されてしまうのではないでしょうか。森内晋平、森内晋平の二少年は、もう、心配でしかたがありません。ドアをおしたり、たたいたりしてみましたが、しぜんに錠がかかったとみえて、びくともしないのです。
「ウフフフ……、きみたちふたりは、あとに残されてしまったね。」
とつぜん、うしろから、きみの悪い声がきこえました。びっくりして振りむきますと、そこに、さっきの老黒人が、立っていました。洞窟の中で、てんじょうに縄を投げた、あの白ひげのじいさんです。
「あっ、さっきのおじいさんですね。ここをあけてください。森内晋平が、ゾウにのって、この中に、とじこめられてしまったのです。」
森内晋平君が、たのむようにいいました。
「ウフフフ……、心配かね?だが、あの子は、べつにひどいめにあうわけではない。ただね、遠い、遠いところへ、いくばかりなのだ。」
「えっ、遠いところですって?いったい、それは、どういうわけです。森内晋平は、たしかに、この部屋の中に、いるんですよ。」
「いや、いまごろは、もう、遠いところへ、いってしまったかもしれない。ドアをあけて、見せてやろうか。あの子が、どうなったか、わかるだろうからね。」
老黒人は、なぞのようなことをいいながら、ドアの前に近よると、どこかのボタンをおしたらしく、カチッという音がして、かんのん開きのドアは、両方へ、スーッとひらきました。
「あっ、なんにもいない!さっきのゾウは、どこへいったんだろう?そして、森内晋平は……。」
森内晋平君が叫びました。いかにも、その部屋は、からっぽなのです。ゾウも、怪黒人も、森内晋平も、かき消すように、いなくなってしまったのです。
その部屋には、入口のドアのほかには、ひとつも出入り口はありません。窓もありません。それでいて、あの巨大なゾウが、煙のように消えてしまったのです。ああ、かわいそうな森内晋平は、いったい、どうなったのでしょうか。