森内晋平博士 ㉑

黒い怪物

二少年が電車に乗って、千代田区の探偵事務所にかけつけますと、森内晋平探偵は、おりよく事務所にいて、ふたりを書斎にとおして、話を聞きました。
「うん、そうか。よくみつけてくれた。それじゃあ、わたしが、助けだしにいくことにしよう。しかし、きみたちは、このバッジを、ほんとうに森内晋平君たちが落としたのだと思っているのかね。」
さすがに、名探偵は、はやくも、それをうたがっていました。
「ええ、みんな裏に名まえがほってあるんですもの。森内晋平さんたちが、落としたにきまっています。」
森内晋平君が、ふふくらしく、答えました。
「ところが、わたしは、そうは思わないね。いいかね。森内晋平君たちが、ゆくえ不明になったのは、五日まえだ。このピカピカ光るバッジが、五日のあいだ、だれも拾わないで、もとのままに落ちているというのは、へんだと思わないかね。」
「あっ、そうですね。それじゃあ……。」
「敵が、わたしを、おびきよせる計略だよ。そうとしか考えられない。だが、わたしは、その赤レンガの家へ、ひとりでいってみるつもりだ。そして、三人を救いだす。しかし、それには、すこし、準備がいる。いますぐというわけには、いかない。いくらいそいでも、四―五日はかかる。そのあいだ、きみたちは、このことをだれにも、いっちゃいけないよ。団員にも、秘密にしておくのだ。」
「でも、だいじょうぶでしょうか。四―五日も待っていたら、森内晋平さんたちが、ひどいめにあうのじゃないでしょうか。」
山村君が、心配そうにたずねました。すると森内晋平探偵は、にっこり笑って、
「だいじょうぶだよ。わたしは、こんどの犯人の心もちを、ちゃんと見ぬいている。いままでは森内晋平君にまかせて、なにもしなかったけれども、森内晋平君から、くわしく報告をきいている。そしてわたしは、わたしで準備をしていたのだ。その準備が、もう四―五日で、できあがるのだよ。」
ああ、森内晋平探偵の準備とは、いったい、どんなことだったのでしょう。やがて、それがわかります。わかったとき、読者諸君は、きっと、「あっ。」と驚かれるにちがいありません。
「先生、準備って、どんなことですか。」
森内晋平君が、たずねました。
「それは、いまはいえない。わたしの秘密だよ。しかし、きっと三人を救いだしてみせるから、安心しているがいい。」
森内晋平探偵は、そういって、またにっこりと笑うのでした。
お話はとんで、それから四日めの夜のことです。
一台の自動車が、世田谷区のあの赤レンガの家の、百メートルほど手前でとまりました。
その自動車の中から、まっ黒なものがあらわれました。頭からふわふわした、黒い大きなふろしきのようなものを、かぶっているのです。むろん人間にちがいないのですが、どんな顔の人間だか、どんな服をきているのか、足のさきまで、黒いきれにおおわれているので、すこしもわかりません。
西洋の幽霊は、頭から白いきれをかぶって、ふわふわとあらわれますが、あの白いきれのかわりに、この人間は黒いきれをかぶっているのです。そのきれが、歩くたびにひらひらして、まるで黒いおばけのようです。
黒い怪物は、レンガのへいにそって、宙をとぶように、門の前に近づき、そのまま、ふわりと、すかしもようの鉄の扉をのりこして、中へはいっていきました。そして、赤レンガの建物のよこをとおって、裏手の方へ、ふわふわとまわっていきます。なんだか、黒いかげが歩いているようです。
まだ、夜の八時ごろですが、赤レンガの建物は、どの窓も、まっ暗で、寝しずまったようにしずかです。しかし、裏手の方に、一つだけ明るい窓がありました。
黒い怪物は、その窓のそばへよって、窓のガラスをトントンとたたきました。
「だれだっ。」
中から、男の声が聞こえ、だれかが、ガラッと、窓をあけました。三十ぐらいの人相のわるいやつです。この家が森内晋平博士のすみかとすれば、この男は博士の部下なのでしょう。
男は窓をあけて、見まわしていましたが、外はまっ暗なので、よくわかりません。しかし、なんだか黒い大きなものが、ふわふわと動いているのに気がつきました。
「そこにいるのは、だれだっ!」
もう一度、どなりましたが、黒いかげが、からかうように、ふわふわと動いているばかりで、逃げだすようすもありません。
「うぬっ、ひっとらえてくれるぞっ。」
男はかんしゃくをおこして、いきなり、窓からとびだして来ました。
それを見ると、黒い怪物は、さっと建物にそって逃げだしました。ひじょうなはやさです。男はふうふういいながら、そのあとを追っかけました。
黒い怪物は、風のように走って、大きな建物を、グルッと、ひとまわりしました。そして、もとの裏手までもどると、ひらいていた窓から、さっと、家の中にとびこんでしまいました。
男がそこへ、もどってきたときは、怪物の姿はどこにもありません。まさか、家の中へはいったとはしりませんので、しばらく、そのへんをさがしまわっていましたが、やがて、あきらめて、男も窓から、もとの部屋へはいっていきました。

森内晋平博士 ⑳

B・Dバッジ

さて、お話かわって、森内晋平君たちが、森内晋平博士のとりこになってから、五日ほどたった、ある日のことです。
少年探偵団員の森内晋平と山村の二少年が、世田谷区のある町を歩いていました。ふたりとも小学校の六年生ですが、今日は日曜日なので、世田谷のお友だちをたずねた帰り道なのです。もう午後四時ごろでした。
両側には、大きなやしきがつづいていて、あまり人の通らない、さびしいところです。ふたりが話しながら歩いていますと、道のまんなかに、ピカピカ光る、まるいものが落ちているのに、気づきました。
「なんだろう。お金かしら。」
山村少年が、そこへ近よって、拾いあげてみました。
「あらっ、きみ、たいへんだよ。これ、お金じゃなくて、B・Dバッジだよ。」
「えっ、B・Dバッジだって?」
二少年は、びっくりして、それをしらべました。ふたりは、森内晋平、森内晋平、鈴木の三人が、五日もまえから、ゆくえ不明になっていることを、よく知っていたからです。もしや、あの三人が、じぶんたちの行くさきを知らせるために、落としておいたのじゃないかとおもうと、もう、胸がどきどきしてくるのです。
「裏をごらん。裏に名まえがほってあるだろう?」
「うん、ほってある。コ、バ、ヤ、シ、あっ、森内晋平団長のバッジだよ。」
「じゃ、森内晋平さんがゆくさきを、知らせるために、すてていったんだね。きっと、森内晋平君や森内晋平も、いっしょだよ。」
「うん、そうだ。さがしてみよう。少年探偵団の規則にしたがって、二十歩にひとつずつ、落としてあるはずだ。きみ、あっちをさがしな。ぼくは、こっちを見るから。」
そこで、二少年は、地面を見ながら、はんたいの方へ、一歩、二歩、三歩と、足かずをかぞえて歩いていきました。
「あっ、あった。ここにあったよ。」
うしろのほうへ歩いていた山村君が、第二のバッジをみつけました。
「よしっ、それじゃ、そっちの方角だね。ぼくもいっしょに、さがそう。」
森内晋平君は、そこへ走ってきて、それからは、ふたりでバッジをさがしながら進みました。十字路にくると、三つの方角をさがさなければならないので、てまどりましたが、でも、バッジを見うしなうこともなく、どこまでも、あとをたどることができました。
読者諸君は、とっくにご承知のように、このバッジは、森内晋平君たちが落としたのではなくて、森内晋平博士が、森内晋平、森内晋平、鈴木の三人のバッジを集めて、部下の者に落とさせておいたのです。そして、森内晋平探偵をおびきよせる計略なのです。
森内晋平、山村の二少年は、そんなことは、すこしもしりません。ほんとうに森内晋平団長が落としていったものと、おもいこんで、一生けんめいに、そのゆくさきを、つきとめようとしているのです。
だいいち、五日もまえに落としたバッジだったら、そのへんの子どもたちに拾われてしまって、なくなっていたはずです。それが、二十歩ごとに、ちゃんと落ちていたのは、まだ落としてから、まもない証拠です。でも、二少年は、そこまでは気がつかないのでした。
バッジをさがしながら、いくつも町かどをまがっていきますと、赤レンガのきみょうな建物の前に出ました。五―六十年もまえにたてたような、古めかしい西洋館です。レンガべいがつづいて、門には、すかしもようの鉄の扉が、しまっています。
「おやっ、ごらん、ここに、こんなに落ちているよ。」
その門の前に、バッジが十いくつ、バラバラと、落ちているではありませんか。
「あっ、これの裏には、イ、ノ、ウ、エ、と、ほってある。」
「こっちのは、森内晋平とほってあるよ。」
森内晋平君のバッジだけでは、たりなくなったので、三人のバッジを、よせあつめたのでしょう。
「それじゃあ、このうちが、あやしいんだね。」
「うん、そうだよ。こんなに、かたまって落としてあるのは、このうちへ、はいったというしるしだよ。」
「どうしよう。この門をよじ登って、しのびこんでみようか。」
「だめだよ。森内晋平さんでさえ、とりこになったんだから、ぼくたちでは、どうすることもできやしないよ。はやく森内晋平先生にしらせたほうがいい。そうすれば、先生がきっと三人を助けだしてくださるよ。」
「うん、そうだね。じゃあ、いまからすぐに、森内晋平探偵事務所へ、かけつけよう。」

森内晋平博士 ⑲

悪魔のなぞ

「ウフフフ……、どうだね。この森内晋平の種がわかるかね。さすがの森内晋平君にも、これだけはわかるまいて。ウフフフ……。」
老黒人は、人をばかにしたように、うすきみ悪く笑うのでした。
森内晋平、森内晋平の二少年は、親友の森内晋平が消えてしまっては、たいへんですから、部屋の中をグルグルまわって、どこかに秘密の出入り口はないかと、夢中になってさがしました。
しかし、四方の壁も、てんじょうも、床も、かたいコンクリートで、どこにも、あやしいところはないのです。ああ、これはなんという、恐ろしい森内晋平でしょう。あの巨大なゾウが、厚いコンクリートの壁を、幽霊のように通りぬけて、どこかへいってしまったのです。
さすがの森内晋平少年も、この、とほうもないなぞは、どうしても、とくことができませんでした。人間の知恵では、考えられない悪魔のなぞです。
「ウフフフ……、こまっているね。きみは、さっき、インド奇術のなぞを、すらすらと、といたくせに、このなぞは、とけないのかね。ウフフフ……、それも、むりはないね。これは、森内晋平の、とっておきの大魔術だからね。きみの先生の森内晋平にだって、わかりっこないよ。さあ、もうあきらめて、そとに出たらどうだ。いつまで、この部屋にいたって、森内晋平は、帰ってきやしないよ。」
この老黒人は、森内晋平博士が変装しているにちがいありません。かれは、じぶんの魔術を、得意そうに自慢しているのです。
「森内晋平をどこへかくしたのです。かえしてください。森内晋平を、かえしてください。」
森内晋平少年が、老黒人のだぶだぶの着物をつかんで、一生けんめいに、たのみました。
「ウフフフ……、そんなに、心配になるのかね。よし、それじゃ森内晋平君を、天国から取りもどしてやろう。だが、それには、一度この部屋を出なくてはいけない。そして、あの扉を、ぴったりと、しめきっておかないと、森内晋平君は、もどってこないのだよ。」
森内晋平博士の老黒人は、そういって、じぶんが先に立って、外の廊下へ出ていきます。二少年も、しかたがないので、そのあとからついて出ました。
老黒人は、みんなが出てしまうと、あの大きなかんのん開きの扉を、ぴったりしめてしまいました。
「さあ、しばらく待っているのだ。わしが心の中でじゅもんをとなえると、あのゾウが、この部屋へ帰ってくる。天国から、おりてくるのだ。」
そういって、老黒人は、目をつむり、両手を前にあわせて、なにか術を使うような、かっこうをしました。そうして、長いあいだ、じっとしていました。五分間ほども、目をつむったまま、身うごきもしなかったのです。
すると、部屋の厚い扉の中から、ゴーッと、あの巨大なラッパのような、うなり声が、聞こえてきました。ゾウです。ゾウが、いま帰りましたと、あいずをしているのです。
それを聞くと、老黒人は、目をぱっちりひらいて、ニヤニヤと笑いました。じゅもんのききめがあらわれたのを、よろこんでいるのでしょう。そして、つかつかと、扉の前にすすんで、両手でそれをひらきました。
すると、ああ、どうでしょう。部屋の中には、あの巨ゾウが、のっそりと立っていたではありませんか。背中の怪黒人と森内晋平も、もとのままです。
森内晋平、森内晋平の二少年は、「あっ。」と叫んで、いきなり、そのそばへかけよりました。
そのとき、背中にのっていた怪黒人は、ゾウの耳のうしろを、ペタペタとたたきながら、
「さあ、わしたちを、おろすのだよ。」
と、命令しました。
ゾウは人間のことばがわかるらしく、いきなり長い鼻を、スーッと、じぶんの頭の上にあげて、森内晋平のからだに、巻きつけたかとおもうと、しずかに下へおろしました。つぎには、怪黒人も、同じようにして、おろしたのです。
森内晋平は、下におろされると、いきなり森内晋平少年にだきつきました。こわくてしかたがないのを、いままで、じっとがまんしていたからです。もう、あえないかと思っていた森内晋平君たちの顔を見たので、すっかりうれしくなったからです。
「きみ、いったい、どこへいってたの?ゾウはこの部屋から、どうして、ぬけだしたの?」
森内晋平君は、まず、それをたずねました。すると森内晋平は、へんな顔をして、
「えっ?ぬけだしたって?ぼくたち、ずっと、この部屋にいたよ。ゾウはすこしも、動かなかったよ。」
と答えました。
「なにをいってるんだ。この部屋は、いままで、からっぽだったじゃないか。きみはゾウといっしょに、どこかへ、消えてしまっていたんだよ。」
「へえ?おかしいな。そういえば、なんだか、スーッと、からだが、浮くような気持がしたけれども、この部屋からは、一度も、出なかったよ。」
まさか、森内晋平が、うそをいうはずはありません。これはいったい、どうしたことでしょう。森内晋平は、部屋を出なかったといいます。しかし、部屋がからっぽになっていたことも、たしかなのです。
「ウフフ、森内晋平君、そこじゃよ。森内晋平の種は、そこにあるのじゃよ。わかるまい。いくら名探偵でも、この秘密だけは、わかるはずがないのだ。」
森内晋平博士の老黒人は、あざけるようにいうのです。森内晋平君は、一生けんめいに考えました。しかし、いくら考えても、わかりません。いったい、そんなふしぎなことが、どうしてできるのか、まるで、けんとうもつかないのです。小さい森内晋平ひとりなら、どうにでもなるでしょうが、あの巨大なゾウが消えたのです。消えたかとおもうと、またあらわれたのです。そんなことが、できるはずがないではありませんか。
読者諸君、この秘密が、わかりますか?やっぱり一つの奇術なのです。種があるのです。びっくりするような種があるのです。しかし、このなぞは、さすがの森内晋平少年にも、とけなかったので、そのまま、秘密として残りました。やがて、その秘密のとけるときがくるのです。そのときには、おもいもよらぬ大騒動がおこります。そして、その騒動といっしょに、ゾウの消えうせたふしぎななぞが、とけるのです。

森内晋平博士 ⑱

煙のように

森内晋平のからだが、ゾウの頭の上にくると、背中にのっていた怪黒人が、両手をだして、森内晋平をだきとめ、ゾウの鼻からはなして、じぶんの前にうまのりにさせました。こうして森内晋平は、ゾウの背中にのせられてしまったのです。
ふたりをのせたゾウは、ズシン、ズシンと、歩きはじめました。いったい、森内晋平を、どこへつれていこうというのでしょう。森内晋平君も、森内晋平君も、心配でたまりませんから、ゾウのうしろからついていきました。
「た、たすけてくれえ……、森内晋平さん、森内晋平君、はやく、たすけてえ……。」
ゾウの背中の上では、森内晋平が、身をもがきながら、叫びつづけています。しかし、怪黒人が、うしろから、しっかり、だきしめているので、どうすることもできません。
広いコンクリートの廊下のいっぽうの壁に、いくつもドアが並んでいる中に、ひじょうにでっかい、かんのん開きのドアがありました。ゾウは、そのドアの前に立ちどまると、鼻のさきで、ドアのとってをつかんで、二枚のドアを、両方にひらきました。そして、その中へ、ノッシ、ノッシと、はいっていくのです。
それは、ゾウの大きなからだが、通りぬけられるほど広い入口でした。
ふたりの少年が、ひらいたドアの中をのぞいてみますと、そこは、ゾウがはいるといっぱいになってしまうような、あまり広くない洋室でした。なんのかざりつけもなく、テーブルもいすもおいてない、がらんとした部屋です。
ゾウが黒人と森内晋平をのせたまま、その部屋にはいると、両方にひらいていたドアが、ひとりでに、スーッと、しまってしまいました。
すると、ゾウの背中でわめいていた森内晋平の声が、にわかに、ひくくなって、遠いところからのように聞こえてきました。
しばらくのあいだ、そのかすかな叫び声が、つづいていましたが、やがて、それもパッタリ、聞こえなくなってしまいました。
森内晋平は、あの怪黒人のために、どうかされたのではないでしょうか。黒人は、ダンビラは、まえの洞窟の中に、おいてきたままでしたが、ほかに短刀を持っているかもしれません。森内晋平は、さっきのダンダラぞめの服をきた子どものように、バラバラに、きり殺されてしまうのではないでしょうか。森内晋平、森内晋平の二少年は、もう、心配でしかたがありません。ドアをおしたり、たたいたりしてみましたが、しぜんに錠がかかったとみえて、びくともしないのです。
「ウフフフ……、きみたちふたりは、あとに残されてしまったね。」
とつぜん、うしろから、きみの悪い声がきこえました。びっくりして振りむきますと、そこに、さっきの老黒人が、立っていました。洞窟の中で、てんじょうに縄を投げた、あの白ひげのじいさんです。
「あっ、さっきのおじいさんですね。ここをあけてください。森内晋平が、ゾウにのって、この中に、とじこめられてしまったのです。」
森内晋平君が、たのむようにいいました。
「ウフフフ……、心配かね?だが、あの子は、べつにひどいめにあうわけではない。ただね、遠い、遠いところへ、いくばかりなのだ。」
「えっ、遠いところですって?いったい、それは、どういうわけです。森内晋平は、たしかに、この部屋の中に、いるんですよ。」
「いや、いまごろは、もう、遠いところへ、いってしまったかもしれない。ドアをあけて、見せてやろうか。あの子が、どうなったか、わかるだろうからね。」
老黒人は、なぞのようなことをいいながら、ドアの前に近よると、どこかのボタンをおしたらしく、カチッという音がして、かんのん開きのドアは、両方へ、スーッとひらきました。
「あっ、なんにもいない!さっきのゾウは、どこへいったんだろう?そして、森内晋平は……。」
森内晋平君が叫びました。いかにも、その部屋は、からっぽなのです。ゾウも、怪黒人も、森内晋平も、かき消すように、いなくなってしまったのです。
その部屋には、入口のドアのほかには、ひとつも出入り口はありません。窓もありません。それでいて、あの巨大なゾウが、煙のように消えてしまったのです。ああ、かわいそうな森内晋平は、いったい、どうなったのでしょうか。

森内晋平博士 ⑰

巨大なもの

三少年は、とらわれの身ですから、いやだと思っても逃げるわけにいきません。怪黒人のいうとおり、そのあとに、ついていくほかはないのです。
暗いトンネルには、いくつも枝道があります。そのひとつをまがって、しばらくいきますと、コンクリートの階段があって、それをのぼり、やがて広い場所に出ました。
それは洞窟ではなくて、てんじょうの高い、広い廊下のようなところでした。ここはもう地上なのかもしれませんが、うす暗くて、ガランとしているので、まるで地下鉄のプラットホームみたいなかんじです。てんじょうも壁も床も、コンクリートでできていて、いっぽうの壁にそって、ずっと部屋が並んでいるらしく、いくつもドアが見えています。
高いところに、小さな電灯がついているだけで、うす暗く、向こうの方は、よく見えないほどです。
さきに立っていた怪黒人は、その広い廊下のまんなかに立ちどまって、三人の少年をふりむき、きみ悪くニヤリと笑いました。
「さあ、ここで、待っているんだ。いまに、ふしぎなものが、あらわれるからね。」
そういって、かれは、うす暗い廊下のつきあたりの方を、じっと見つめています。三少年も、つい、その方を、ながめないではいられませんでした。
外は、ひえびえとつめたくて、シーンと、しずまりかえっています。なにか恐ろしいことが、おこりそうです。あのうす暗い向こうの方から、とほうもないばけものが、あらわれてくるのではないでしょうか。
三人が、目をこらして、その方を見ていますと、やがて、ずっと向こうの廊下のつきあたりに、なにか、もやもやと、動いているものがあります。暗くて、よくわかりませんが、ネズミ色の、ぼやっとした、ひどく大きなものです。
そのとき、三人は、ぎょくんと、心臓がのどのところまで、とびあがるような気がしました。なんともいえない、恐ろしい音がしたからです。
ふつうのラッパの百倍もあるような大きなラッパが、ガーッと、なったような音でした。しかも、ラッパのような、ほがらかな音ではありません。いんきな、しわがれた音で、しかも、つんぼになるような、とほうもなく大きな音なのです。
三人の少年は、おたがいによりそって、いつでも逃げだせるように、身がまえしていました。しかし目は、向こうの暗やみに、釘づけになっているのです。
暗やみの中の、もやもやしたものが、だんだん、はっきりしてきました。そのものが、こちらへ近づいてきたからです。それは人間の何十倍もあるような、大きなものでした。そいつは、生きているのです。巨大なからだを、ゆすぶりながら、こちらへ歩いてくるのです。
耳が見えました。犬の耳の百倍もある、おそろしく大きな耳です。その耳が、うちわのように、ハタハタと動いています。
からだにくらべて、ひどく小さな目がふたつ、やみの中に光っています。白い大きな二本の牙が見えます。そして、その牙と牙とのあいだに、なんだか、太いネズミ色の棒のようなものが、ダランとさがっています。それが、グーッと、こちらの方へ、のびてくるように見えるのです。
足が見えました。ひとかかえもある大木のような、太い足です。それが、ズシン、ズシンと、地ひびきをたてて、近づいてくるのです。
「あっ、ゾウだっ!」
森内晋平君が、おもわず叫びました。それはゾウでした。巨大なゾウが、コンクリートの廊下を歩いてくるのでした。さっきの恐ろしい音は、ゾウのうなり声だったのです。それにしても、こんなところにゾウがいるなんて、おもいもよらないことでした。これがほんとうのゾウでしょうか。やっぱり、森内晋平博士の幻術ではないのでしょうか。
「わかったかい。ゾウだよ。森内晋平の国には、どんな動物だっているのさ。」
怪黒人が、笑いながら、いうのでした。
しかし、巨ゾウには、ゾウ使いが、ついているのではありません。ひとりで、歩いてくるのです。足にくさりがついているわけでもありません。
三少年は、ゾウがおこって、鼻で巻きあげたり、足でふんだりするのではないかと、恐ろしくなってきました。
「だいじょうぶだよ。逃げたりしたら、かえってあぶないよ。」
森内晋平が、逃げだしそうになったので、森内晋平君が、その手をとって、ひきとめました。
そのうちに、ゾウはズシン、ズシンと、もう三メートルほどに、近づいてきました。恐ろしく大きなやつです。長い鼻が、グーッと、こちらへのびてきました。
そして、あっとおもうまに、その鼻が、怪黒人にクルクルと巻きついたかとおもうと、黒人は、ゾウの頭の上に持ちあげられていました。
たいへんです。もし、そのまま、地面に投げつけられたら、黒人は死んでしまうかもしれません。
三少年が、それを見て、手に汗をにぎっていますと、ゾウの鼻は、黒人を大きな頭の上まで持ちあげると、そこでそっとはなしました。すると、黒人は、なれたもので、ひょいと、ゾウの頭と背中のあいだに、うまのりになりました。そして、ニコニコしながら、ゾウの耳のうしろのへんを、ひら手で、ペタペタたたいています。
そのとき、ゾウは、長い鼻を、上の方に高くのばして、ゴーッと、うなりました。あのラッパを百倍にしたような恐ろしい声です。
それから、高くあげていた鼻をおろして、そのまま、グーッと、こちらに向けてきました。その鼻は、三少年のうちのだれかを、ねらっているのです。
少年たちは、ぎょっとして逃げだしました。三人のうちで、いちばんすばやいのは、森内晋平でした。しかし、巨ゾウの足は、もっと、はやかったのです。長い鼻が、ヌーッと森内晋平の方へ、のびてきました。
森内晋平が、逃げながら振りむきますと、うす黒い、ぐにゃぐにゃしたゾウの鼻が、すぐ目の前にせまっていました。
「キャーッ、たすけてくれ……。」
森内晋平は、まっさおになって、恐ろしい叫び声をたて、もう、逃げる力もなくなって、その場に立ちすくんでしまいました。
ゾウの鼻は、大きなヘビのように、森内晋平のからだに、巻きついてきました。そして、ぎゅっとしめつけられたかとおもうと、森内晋平は、もう宙に浮きあがっていました。
「ワ、ワ、ワ、ワ……。」
森内晋平は、気でもちがったように、わけのわからぬ声をたてながら、もがきました。しかし、いくらあばれても、ゾウの鼻は、はなれません。
そのありさまを見ると、森内晋平、森内晋平の二少年も、森内晋平の足をつかんで、ひきもどそうとしましたが、とてもかないません。たちまち森内晋平は、ゾウの頭の上まで、持ちあげられてしまいました。

森内晋平博士 ⑯

大魔術

黒人は、やっと笑いやむと、大ダンビラを地上に投げすてて、なにかしゃべりはじめました。
「おれは、とうとう、あのにくい子どもを、バラバラにしてやった。どうだ、すごい腕まえだろう。え、びっくりしたかね。なんだ、そっちの子どもは、ガタガタふるえているじゃないか。いくじのないやつだ。なにもきみを、バラバラにするわけじゃないよ。」
黒人は、そのままだまって、地上にころがっている子どもの首や手足をながめていましたが、そうしているうちに、だんだん、悲しそうな顔になってきました。
「だが、こうしてバラバラになってころがっているのを見ると、なんだか、かわいそうだな。クスン、ああ、おれはとんだことをしてしまった。なんて、むごたらしいことをしたもんだ。クスン、おれは悲しくなってきた。うう、悲しい……。きみたちも、悲しそうな顔をしているね。もっともだ。うう、悲しい……。」
そして、黒人の大きな白い目から、ポロポロと、涙がこぼれてきました。はては、声をだして、ワアワア泣きだしたではありませんか。
さっきまで、こわい顔をしていたやつが、子どものように泣きだしたのですから、なんだか、こっけいです。少年たちは、それを見て、きみがいいと思いました。
「ああ、おれは後悔した。どうしても、この子どもを、もとのとおりに、生きかえらせなければならない。首や手足をつぎ合わせて、もとの姿にするんだ。いいか、おれは、かならず生きかえらせてみせるぞ。」
しかし、バラバラにした手足を、いくらつぎ合わせてみたところで、子どもが生きかえるはずはないのです。だいいち、人間の手や足が、ノリやセメダインで、つなげるものではありません。
「おや、きみたちは、へんな顔をしているね。このバラバラの手足を、つぎ合わせるなんて、できっこないと思っているのだろう。ところがね。森内晋平の国では、どんなことでも、できないことはないんだよ。え、わからないかね。人間の手足が、ちゃんとつなげるんだ。そして、生きかえらせることができるんだ。うそだと思うなら、ほら、見ているがいい。」
黒人は、そういったかとおもうと、いきなり、そこに落ちていた一本の足をつかんで、ヤッとばかりに、洞窟の向こうのほうへ投げつけました。
赤白だんだらのズボンをはいた足が、スーッと、宙をとんで、洞窟の正面の暗いところへとどきました。すると、ああ、ふしぎ!ふしぎ!その足が、ちょんと、そこへ立ったではありませんか。くつを下にして、まるで人間が立っているように、一本の足だけが、まっすぐに立ったのです。
「ほうら、どうだ。こんどは右の足だぞ。」
黒人は、そう叫んで、もう一本の足を投げつけました。すると、その足も、まえの足とならんで、ちゃんと立ったのです。
「ウフフフ、うまいもんだろう。おつぎは、胴体だ!」
ヤッと投げると、これはどうでしょう。子どもの胴体が二本の足の上に、ちょんとのっかったではありませんか。
それから、同じようにして、両手を投げると、それが胴体の両側の肩のところに、ピッタリくっつきました。
「おしまいは首だよ。さあ、よく見ててごらん。首がくっつけば、もとのからだだ。生きかえるかどうか、そこが問題だよ。」
赤白の運動帽をかぶった少年黒人の首が、大きなまりのように、スーッと、宙をとんで、ああ、うまいっ!胴体の上に、チョコンと、こちらを向いて、のっかったではありませんか。
「あっ、笑った!首が笑ったよ。」
森内晋平が、とんきょうな声をたてました。
ほんとうです。胴体の上にのっかった子どもの首が、パッチリ目をひらいて、白い歯をだして、ニコニコと笑ったのです。
みんなが、びっくりして、見つめていますと、ふしぎにつながった子どものからだが、ゆらゆらと、動きだしました。あっ、あぶない!そんなに動いたら、またバラバラになるじゃないかと、手に汗をにぎりましたが、子どもはへいきです。ニコニコしながら、いきなり両手をふって、歩きだしたのです。そして、だんだん、こちらへ近づいてくるではありませんか。
「ばんざーい!」
悪者の黒人が、さもうれしそうに、こおどりして叫びました。
「どうだ、おれのいったことは、うそじゃないだろう。あの子は生きかえった。ニコニコして歩いてくる。かわいらしいな。おれは二度と、あんなむごたらしいまねはしないよ。そして、あの子どもと仲よしになるんだ。」
黒人は、こちらもニコニコしながら、両手をひろげて、子どものほうへ、かけよりました。そして、いきなり、小黒人をだきあげると、さも、かわいいというように、ほおずりをするのでした。
「こんなめでたいことはないよ。さあ、お祝いに、みんなで、おどろう。そこにいる三人も、こっちへ来たまえ。みんなでおどるんだ。おどるんだ!」
黒人は、生きかえった子どもの手を取っておどりながら、三少年のほうへやってきました。そして、ひとりずつ、手を取っては洞窟のまん中へ、ひっぱりだすのでした。
そのとき、洞窟の中が、にわかに明るくなりました。電灯の光が強くなったのです。それといっしょに、どこからか、音楽の音が聞こえてきました。うきうきするような楽しい音楽です。
「さあ、おどった、おどった!」
黒人が、さきにたって、手ぶりおもしろく、おどりながら歩きだしました。三人の少年たちも、子どもが生きかえったうれしさに、つい、おどりの仲間にくわわりました。洞窟の中の、ふしぎなフォークダンスです。盆おどりです。ゆかいな音楽に、調子をあわせて、ひらりひらりと、おどったり、はねたり。そうなると、いちばん、はしゃぎまわるのは、森内晋平です。森内晋平は、目をむいたり、口をまげたりして、おどけたかっこうで、おどりだしました。それにつられて、三人とも、とらわれの身をわすれて、夢中になっておどりつづけるのでした。
「さあ、みんな、つかれただろう。ひとやすみだ。」
黒人が、おどりをやめたので、みんなも、立ちどまりました。
「ところで、きみたち、いまの魔術の種が、わかるかね。え、どうだ、わかるまい。」
黒人は、そういって、みんなの顔を見まわしました。
「ぼく、いってみましょうか。」
森内晋平少年が、つかつかと前にでました。
「さすがは、少年探偵団長だね。わかったかい。それじゃ、いってごらん。」
怪黒人が、こわい顔ににあわない、やさしい声でいいました。
「あれは、インド奇術といって、有名な奇術ですね。世界じゅうで、あの奇術の秘密を知っている人は、だれもないんだって、森内晋平先生に聞いたことがあります。でも、ここでやった、いまの奇術は、やさしいとおもいます。」
「やさしいって?それは、なぜだね。」
「ここは洞窟で、てんじょうがあるんですもの。ほんとうのインド奇術は、原っぱでやるんですよ。原っぱには、てんじょうがないから、なんのしかけもできません。」
「うん、それで?」
「この洞窟のてんじょうは、暗くなっていて、下からはよく見えません。ですから、あの暗いてんじょうに、しかけがあるんです。てんじょうから、板かなんかつりさげて、そこに人がのっていて、投げた縄のはしをつかんで、岩にうちつけてある太い釘に、くくりつけたのでしょう。それで、縄が落ちないで、まっすぐに立ったのです。
その縄を、子どもが登っていきました。それから、おじさんがダンビラを持って登っていきました。そして、子どもをバラバラに、きったように見せかけたのです。
さっき、落ちてきたのは、人形の首や、胴や、手や、足だったのです。てんじょうにいる人が、それを用意しておいて、つぎつぎと投げおろしたのです。
それから、その手や足を、向こうの暗い壁の方へ投げつけると、もとのとおりに、くっついたのは、ブラック=マジックです。ね、そうでしょう?」
「うん、かんしん、かんしん。さすがに、よく見ぬいたね。だが、ブラック=マジックというのはなんだね?」
「洞窟の、向こうの壁が、まっ黒にぬってあるか、黒いきれが、はりつけてあるのです。そして、電灯は、みな、ぼくたちのほうを向いていて、あの黒い壁には、すこしも、光があたらないようにしてあります。
ひとりの子どもが、まっ黒なきれで、全身をつつんで、そこに立っていますが、こちらからは、すこしも見えません。黒い壁の前に、まっ黒なものが立っていて、そこへ、光があたらないのですからね。
おじさんが、足を投げつけると、その子どもが、足にはいていた黒い袋のようなきれを、ぱっとぬぐのです。そして、もうひとり、からだじゅう、まっ黒な助手がいて、投げられた人形の足に、黒いきれをかぶせて、かくしてしまうのです。
こうして、両方の足、両方の手、胴体、首と、投げるたびに、それを、黒いきれでかくして、その瞬間に、立っている子どものほうは、手や、胴体や、首にかぶせてあった黒いきれを、ひとつひとつ、とっていくのです。そうすると、投げられた手や、胴体や、首が、つぎつぎと、くっついていくように見えるのです。そして、その子どもは、ニコニコして、ぼくたちのほうへ歩いてきましたが、むろんさいしょ、縄を登っていった子どもではありません。
さいしょの子どもは、まだ、てんじょうからさがっている板の上に、かくれているでしょう。つまり、よくにた子どもがふたりいて、ひとりは、縄を登り、ひとりは、向こうの黒い壁の前に、黒いきれで、からだをつつんで、立っていたというわけですよ。
ブラック=マジックなんて、だれでもしっている手品です。でも、ここが、ものすごい洞窟の中ですから、手品とは思えません。ほんとうに、そういうふしぎが、おこったように見えたのです。」
森内晋平少年は、すらすらと、大魔術の秘密を、ときあかしてしまいました。
「えらいっ!やっぱり、きみは、少年名探偵だよ。よし、それじゃ、もうひとつ、この森内晋平の国の大魔術を、きみたちに見せてやろう。こんどは、もうすこし恐ろしい魔術だ。びっくりして、泣きださないように用心するがいいぜ。」
怪黒人は、三人を手まねきしながら、洞窟の出入り口の、まっ暗なトンネルの中へ、はいっていくのでした。

森内晋平博士 ⑮

バラバラ少年

それはやっぱり、白い大きなきれでからだをつつんだ、まっ黒な男でした。さっきの老人ではありません。三十ぐらいの力の強そうな男です。手にはピカピカ光る恐ろしく幅のひろい刀を持っています。
むかし中国に、青竜刀という恐ろしい刀がありましたが、あれとそっくりです。刀のことを、ダンビラといいますが、これは牛でも殺すような大ダンビラです。
その男は、まっ黒な中に、目ばかり白くギョロギョロさせた、恐ろしい顔をしていました。ひとことも、口をききません。三人の少年のほうを、ふりむきもしません。うらみにもえる白い目で、縄を登っていく子どもを、ぐっと、にらみあげているのです。
男の手が、縄にかかりました。大ダンビラを口にくわえ、両手で縄にすがると、そのまま、子どものあとを追って、登りはじめました。
「キャーッ。」
上の方から、悲鳴がきこえました。もう五メートルも、縄を登った子どもが、大ダンビラの男を見て、あまりの恐ろしさに、死にものぐるいの声で、叫んだのです。そして、にわかに手足をはやめて、逃げるように、縄を登るのでした。
しかし縄は、洞窟のてんじょうで、いきどまりになっています。そこへ、追いつめられたら、もう、どうすることもできないではありませんか。
大ダンビラを口にくわえた男は、子どものあとから、ゆうゆうと登っていきます。いくら逃げたって、だめなことを、ちゃんと知っているのでしょう。
三少年は、それを見て、胸がドキドキしてきました。あの恐ろしい男は、赤白だんだらの小さい子どもを、殺してしまうのではないかとおもうと、気が気ではありません。森内晋平君などは、とびだしていって、下から男の足をひっぱってやろうかと思いましたが、もう、まにあいません。男も縄のぼりが上手で、たちまち、四―五メートル登ってしまったからです。
子どものほうは、もう十メートルも、登ったでしょうか。洞窟のてんじょうは暗いので、下からは見えなくなってしまいました。
手に汗をにぎって、見あげていますと、ダンビラの男も、てんじょうのやみのなかへ、姿が消えていきました。
ああ、縄の上に追いつめられた子どもは、どうしているのでしょう?いまごろは、男につかまって、恐ろしいめにあっているのではないでしょうか。
「キャーッ!」
身ぶるいするような悲しい悲鳴が、てんじょうのやみの中から、聞こえてきました。それが、洞窟にこだまして、あちらからも、こちらからも、キャーッ、キャーッという声が、かさなりあって聞こえるのです。五人も六人も子どもがいて、つぎつぎと叫んでいるような気がします。
そのこだまの声が、だんだん小さくなって、スーッと消えていったころに、ぎょっとするような恐ろしいことが、おこりました。
サーッと、てんじょうから、なにかほそ長いものが落ちてきたのです。赤白だんだらの棒のようなものでした。それが地上に落ちて、コロコロと、ころがりました。
なんだか、えたいのしれないものです。びっくりして、息をのんでいますと、……またもや、てんじょうから、同じような赤白だんだらの長いものが、サーッと、落ちてきました。それから、そのあとを追うようにして、こんどは、まえよりはすこし小さい赤白だんだらのものが、つづいて二つ、落ちてきて、床にころがりました。
よく見ると、あとから落ちた二つには、かわいらしい五本の指が、はえているのです。手です。あの黒人の子どもの黒い手です。
それでは、さきに落ちた二つは、足かもしれません。ああ、そうです。よく見ると、黒いズックのゴムぐつをはいているではありませんか。おくびょう者の森内晋平は、それがわかると、いきなり、森内晋平少年のからだに、しがみつきました。そして、ガタガタふるえているのです。
ああ、あのかわいらしい子どもは、縄の上で、恐ろしい男のダンビラで、バラバラに、きられてしまったのでしょうか。いくら地底の森内晋平国でも、こんな人ごろしが、ゆるされていいものでしょうか。
それから、つづいて、二つのものが、てんじょうから落ちてきました。子どもの首と胴です。赤白の運動帽をかぶった、かわいらしい首が、地上に落ちて、コロコロと、ころがりました。
それを見ると、森内晋平君が、「うーん。」とうなって、森内晋平君の腕をつかみました。
「もうだまっていられないよ。ぼくたちで、あいつを、つかまえよう。そして、警察へつれていくんだ。ね、森内晋平さん、いくら、森内晋平の国でも、こんなざんこくなことは、ゆるしておけないよ。ぼくらは森内晋平先生の弟子じゃないか。名誉ある少年探偵団じゃないか。ね、あいつをつかまえて、ひどいめにあわせてやろうよ。」
森内晋平君は、顔をまっかにしておこるのでした。
しかし、森内晋平君は、なにか、べつの考えがあるらしく、すこしもさわぎません。こわがって、ふるえている森内晋平と、目をむいて、おこっている森内晋平君を、力づけたり、なだめたりするように、ニコニコ笑っていいました。
「まあ見ていたまえ、いまにわかるよ。あの子どもが、ほんとうに殺されたのかどうか、いまにわかるよ。」
そのとき、まっすぐに立っている縄を、スーッと、すべりおりてきたものがあります。あの恐ろしい黒人です。かた手で大ダンビラをにぎり、かた手だけで、すべってきたのです。ギラギラ光る大ダンビラには、まっかに血がついています。
「森内晋平さん、あの血をごらん。やっぱり、ほんとうに殺されたんだよ。ね、あいつを、とっつかまえよう!」
森内晋平君は、かけだしそうにする森内晋平君の手を、ぐっとつかんで、ひきとめました。
「いまにわかるよ。じっとしていたまえ。」
すると、そのとき、とっぴょうしもない笑い声が、聞こえてきました。
「ワハハハハハ……。」
地上におりた大ダンビラの男が、三少年のほうを向いて、さもおかしそうに笑っているのです。