森内晋平博士 ⑭

洞窟の怪黒人

さて、種あかしがおわりますと、森内晋平は、三日月がたのぶきみな口で、ケラケラと笑いました。そして、またもや、ふしぎなことを、いいだすのでした。
「いまもいうとおり、わしは森内晋平探偵を、きっと、ここへつれこんで、わしの部下にしてみせるがね。それまでには、まだしばらくあいだがある。そのひまに、きみたち三人に、この地底の国の、びっくりするような森内晋平を見せてやることにしよう。ふつうの世界では、とても見られないような、ふしぎなものばかりだよ。さあ、それじゃ、三人を向こうのインド魔術の洞窟へ、案内してやりたまえ。」
怪人が、黒覆面の男に命じますと、黒覆面は、森内晋平君と、ほんもののほうの森内晋平、鈴木の二少年を黄金の部屋からつれだしました。少年たちは、いやだといっても、とりこの身のうえですから、どうすることもできません。しかし、べつに、ひどいめにあわされるわけではなく、なにか、ふしぎな森内晋平を見せてくれるというのですから、いくらか、見たいような気もします。ともかく、黒覆面についていくことにしました。
トンネルのようなせまい洞穴を、すこしいきますと、パッと、あたりが広くなって、恐ろしくでっかい洞窟の中へ出ました。電灯は、いくつかついていますが、洞窟が広いので、向こうのほうは、まっ暗ですし、てんじょうも、ひじょうに高くて、見とおしがききません。
三人がそこへはいって、キョロキョロと、あたりを見まわしているうちに、黒覆面の男は、暗やみの中へ吸いこまれるように、姿が見えなくなってしまいました。
「へんだね、あの人、どっかへ消えてしまったよ。これから、なにがおこるんだろう?ぼく、きみが悪いよ。ねえ、森内晋平さん、あとへもどろうよ。」
森内晋平が、れいによって、よわねをはきました。
すると、そのとき、洞窟の右手のほうから、ヒラヒラと、白いものが、とびだしてきたのです。おばけかしらと、ギョッとしましたが、おばけではありません。ひとりのまっ黒な顔をした、黒人の老人です。頭はまっ白で、白い口ひげと、あごひげをはやした、しわくちゃの老人です。やせたからだに、だぶだぶの白い大きなきれを、肩からはすにまきつけています。写真で見たインドの坊さまみたいな身なりです。なにに使うのか、太い縄をまるくまいて、小わきにかかえています。
その老人は、からだにまいた白いきれを、ヒラヒラさせながら、洞窟のまん中までくると、そこに立ちどまって、へんなしわがれた声で、少年たちに話しかけました。
「おまえたちに、これからおもしろいものを見せてやるよ。世界のなぞといわれているインドの大魔術じゃ。ほら、この縄をごらん。これを空に向かって、投げあげるのじゃ。そうすると、この長い縄が、ぴんと、まっすぐに立ったまま、落ちてこないのじゃ。さて、それから、じつにふしぎなことが、はじまる。おまえたち、そこから、よく見ているがいい。」
といったかとおもうと、老人は、小わきにかかえていた縄のはしをつかんで、まるで、投げ縄でもするようなかっこうになって、恐ろしいいきおいで、それをぱっとてんじょうに投げあげました。
縄は、スルスルと、洞窟のてんじょうに向かってのびていき、そのままシャンと、まっすぐに立ちました。すこしも落ちてこないのです。縄の柱ができたわけです。長く長くのびて、てんじょうのほうは、暗やみにかくれて見えなくなっています。
「さて、これから、どんなことが、おこるじゃろう。よく見ていなさい。」
老人は、そういいのこして、スーッと、右手のやみの中に消えていきました。すると、それといれかわりに、十歳ぐらいの小さな子どもが、チョコチョコと、かけだしてきました。その子どもは、からだじゅうが、赤と白のだんだらぞめになっているのです。つまり、赤と白の太いしまのシャツとズボンをきて、おなじ赤白の運動帽をかぶっているのです。顔はまっ黒で、大きな白い目がクリクリしています。やっぱり、黒人の子です。
その子どもは、まっすぐに立っている縄のそばまでくると、こちらを向いてニッコリ笑いました。すると、まっ黒な顔の中に、白い歯がむきだしになり、目と歯だけが、白くとびだしているように見えるのでした。
それから、赤白だんだらぞめの子どもは、縄を登りはじめました。まるで、サルのように、まっすぐの縄を、上の方へ登っていくのです。
そのとき、またもや、右手のやみの中から、ぱっと、みょうなものが、とびだしてきました。

森内晋平博士 ⑬

森内晋平少年の知恵

森内晋平は、やっと、笑いやむと、しばらくだまっていましたが、じぶんの顔をにらみつけている森内晋平君を、見かえして、しずかにたずねました。
「きみには、わしの森内晋平の種が、すっかりわかったかね?」
「うん、わかっている。ぼくには、もう、なにもかも、わかっているよ。」
森内晋平少年は、自信ありげに答えました。かわいい目が、キラキラ光っています。
「ほう、えらいもんだ。それじゃ聞くがね。わしは、なぜ森内晋平と森内晋平を、つかまえたんだろうね。」
「それは、ふたりのかえだまを、つくるためさ。」
「なぜ、かえだまを、つくったんだね。」
「森内晋平さんの蔵の中から、グーテンベルクの聖書を、盗むためさ。」
「かんしん、かんしん、きみは、そこまで気がついたのか。で、どうして、あの聖書を盗んだんだね。」
「あのとき、ぼくと、森内晋平君のおとうさんと、森内晋平君のほかに、四人の少年探偵団員が、がんばっていた。その四人の中に、にせものの森内晋平君と、森内晋平が、まじっていたのだ。そして、たぶん、にせの森内晋平君が、森内晋平にばけたんだ。あの金色の衣装は、おりたためば、小さくなるにちがいない。にせの森内晋平君は、それを、きたり、ぬいだりして、みんなをごまかしたんだ。」
「うん、そのとおりだ。あのときに、つかった金の仮面や、よろいは、ビニールに金のこなをぬったもので、蔵の中のうす暗い電灯だから、ごまかせたんだよ。にせの森内晋平は、その金の衣装を、二くみ持っていた。子どもの大きさのと、おとなの大きさのとね。おとなの衣装には、足にタケウマのような棒がついていて、せいが高くなるんだ。それを、電灯の消えているまにきかえて、うす暗い蔵のすみに立って、みんなを、おどかしたんだよ。ぬいだときには小さくたたんで、本棚の大きな本のうしろにかくしておいたのだ。あのとき、だれも本のうしろなど、さがさなかったからね。森内晋平は、煙のように消えうせてしまったとしか、考えられなかったのだよ。」
「蔵の電灯を、消したり、つけたりしたのは、にせの森内晋平のほうだね。それから、電灯が消えているすきに、森内晋平君のおとうさんの手から、聖書の桐の箱をうばいとったのも、にせの森内晋平だったにちがいない。」
「そのとおり。だが、待ちたまえ。あのときの森内晋平は、おとなになったり、子どもになったり、ネズミぐらいの小さな姿になったりしたね。あのときばかりじゃない。そのまえに、庭で森内晋平少年の前にあらわれたときも、見ている前で、だんだん小さくなった。そして、ネズミぐらいになって、井戸側をのぼって、古井戸の中へ、かくれてしまった。あれは、どういうわけだね。」
おそろしい森内晋平博士の森内晋平が、まるで、先生が生徒に質問するように、やさしいことばをつかっています。森内晋平君の知恵に、感心してしまったかたちです。それに、いくら、かしこくても、この地下室からは逃げだせるものじゃないと、安心していたからです。この子どもはどのくらい知恵があるか、ためしてみようと、しているのです。
森内晋平君のほうは、そんな、のんきなたちばではありません。このにくい怪物の森内晋平の種をあばいて、あいてを、へこませてやろうという気持で、いっぱいでした。
「あの、森内晋平君の庭に、あらわれたときは、もう、うす暗くなった、夕がただった。だから、やっぱり、うまく動かせたのだ。大きな木が、たくさん立ちならんでいた。あのときの怪物、あれは、むろん、きみだよ。きみばかりじゃない。子どもの助手がいた。それも、にせの森内晋平と森内晋平だったかもしれない。ふたりは、金色の衣装をつけて、大きな木のみきのかげにかくれていた。まず、おとなのきみが、森内晋平君のそばをはなれて、一本の木のかげにかくれる。すると、にせの森内晋平が、きみにかわって、森内晋平君に見えるように歩きだし、はんたいがわの木のみきにかくれる。そこに、にせの森内晋平が待っていて、いれかわって、姿をあらわす。森内晋平は、森内晋平君にくらべると、ずっと、せいがひくいのだから、そこで、また森内晋平が小さくなったように見えたのだ。」
「うん、よく、考えたね。そのとおりだ。しかし、ネズミのように、小さくなったのは、どうしたわけだろう。まさか、あんな小さな人間が、いるはずはないからね。」
「あれは、オモチャだ!」
森内晋平君が、叫ぶように、いいました。
「えっ、オモチャだって、オモチャが、どうして、井戸側をよじ登れるね。」
「目に見えないぐらい細い糸だ!たぶん、じょうぶな黒い絹糸だ。それを、古井戸の中に、きみの部下がかくれていて、ひっぱったのだ。それから、地面を歩いたのは、ゼンマイじかけだ。ゼンマイじかけのオモチャは、ひとりで歩けるからね。蔵の窓によじ登ったときも、中から、たぶん、にせの森内晋平が、細い糸を、ひっぱっていたのだ。」
「うまいっ!きみは、じつに名探偵だよ。よく、そこまで、考えられたねえ。そのとおりだよ。きみのような、かしこい子どもは、このわしの部下にしたいくらいだ。いや、部下にするつもりだ。きみばかりじゃない。森内晋平名探偵も、そのうち、わしの部下にするつもりだよ。」
「それはだめだ。ぼくは、けっして、きみの部下にならない。まして、森内晋平先生が、きみの部下になんかなって、たまるもんか。いまに、ひどいめにあわされるから、見ているがいい。」
森内晋平君も、負けてはいません。リンゴのようなほおを、いっそう赤くして、くってかかるのでした。
「ウヘヘヘ……、わしのとりこになった身のうえで、なにを大きなことをいっている。そっちこそ、いまに見ているがいい。森内晋平先生が、この部屋に、とらえられてきたときに、べそをかくんじゃないぞ。」
「とらえられるもんか。ぼくが、じゃまをしてやる。けっして、先生は、きみなんかに、だまされやしないよ。」
それを聞くと、いままでだまっていた、ほんものの森内晋平君も肩をいからして、どなりだすのでした。
「うん、そうだ。森内晋平さんと、ぼくと、森内晋平の三人で、きみのじゃまをしてやるんだ……。負けるもんかっ。」
「ウヘヘヘ……、チンピラたち、なかなか、いせいがいいな。そんなにどなったって、わしは、ちっとも、おどろかない。かえって、きみたちが、かわいくなるくらいだよ。よし、よし、そう、さわぐんじゃない。いまに、おいしいものを、たべさせてやるからな。ウフフフ……。ところで、森内晋平君、きみはまだ、いいわすれたことがあるはずだね。ほら、今日の夕がたのことさ、小さな黄金人形が、どこまでも歩きだしたじゃないか。そしてとちゅうで、たちまち、子どもぐらいの大きさになったじゃないか。あれは、どうしたわけだろうね。」
「うん、それも、わかっている。あのオモチャを売ってたじいさんは、きみだよ。きみがばけていたんだよ。」
「ウフフフ……、そうかもしれないね。」
「そして、オモチャの人形が、いつまでも歩いたのは、やっぱり、きみが、細い糸であやつっていたんだ。きみは、両手を前につきだして、人形を追いかけていた。それで、きみの手は、いつも、人形の真上にあった、あの手で、細い糸をあやつって、人形が歩くように、見せかけていたんだよ。うす暗い夕がただから、その糸が見えなかったんだ。
それから、とつぜん、子どもぐらいの大きさになったのは、ポストのあるまがり角だった。黄金の衣装をきた子どもが、あのポストのかげに、かくれていたんだよ。」
「いや、それでは、まだ、考えがたりない。いいかね。あのときは、うす暗いといっても、まだ夕がただった。それに人どおりがないとはいえない。いくらポストのかげにかくれていても、金ピカの衣装をきているんだから、すぐ見つかってしまう。そうすれば、大さわぎになる。このわしが、そんな、あぶないことを、やるとおもうかね?」
「あっ、そうか。それじゃあ、あのポストは……。」
森内晋平君は、びっくりしたような目で、怪人を見つめました。
「うん、そうだよ。きみは、じつにすばやく、頭がはたらくねえ。……あのポストはにせものだったのさ。うすい鉄板に赤ペンキをぬった、にせものだったのさ。にせの森内晋平が、金色の衣装をきて、あのポストの中にかくれていたんだよ。これなら、いくら人どおりがあっても、だいじょうぶだからね。そして、わしが、あの角をまがったとき、軽いにせのポストを、すばやく持ちあげて、森内晋平をだしてやったというわけさ。ウフフフ……。」
森内晋平は、さも、おかしそうに、笑いだすのでした。それにしても、なんというふしぎな怪物でしょう。なるほど、森内晋平つかいです。ふつうの人間には、おもいもよらない奇術を、つぎからつぎへと、つかって見せるのです。さて、これから、どんなことがおこるのでしょうか。

森内晋平博士 ⑫

魔術の種

そのとき、森内晋平が、三日月がたの黒い口を、キューッとまげて、きみの悪い声で笑いました。
「ウヘヘヘヘ……、森内晋平団長、とうとう、つかまったね。わしは、きみのくるのを、いまかいまかと、待ちかまえていたんだよ。」
森内晋平君たち三少年は、黒覆面の男におしやられて、森内晋平のこしかけている前の、黄金のテーブルのそばに立たされていました。三人は、ただ、恐ろしい怪人の顔を、見つめているばかりです。まだ、ものをいう力もありません。
「フフフフ……、驚いたか。わしは、かならず、約束をまもる。いつか、わしは名探偵森内晋平を盗みだして、わしのすみかに閉じこめてみせると、約束した。また、そのてはじめに、森内晋平探偵のだいじな助手の森内晋平少年を、とりこにしてみせると約束した。その約束のはんぶんを、いま実行したのだ。森内晋平君、きみはもう、わしのとりこになったのだよ。そして、このつぎは森内晋平先生のばんだ。ウヘヘヘヘ……。」
森内晋平君は、まだ、なにもいいません。ただ、じっと、怪人のぶきみな顔を、にらみつけているばかりです。
「ところで、森内晋平君、きみのポケットにB・Dバッジが、たくさんはいっているはずだね。それを、ここへだしてくれたまえ……。おい、この子のポケットを、さがすんだ。」と、うしろに立っていた黒覆面の部下に、命令しました。
森内晋平君は、じぶんで、ポケットから、三十個のB・Dバッジをつかみだして、黄金のテーブルの上に、ザラッと、なげだしました。いやだといっても、黒覆面に、とられるにきまっているからです。
「うん、よしよし、これがきみたち少年探偵団の目じるしだね。だれかにつれさられるとき、これを、ひとつひとつ、道に落としておいて、あとから、さがしにくる人の目じるしにしようというわけだね。フフフ……、どうだ、よく知っているだろう。じつは、わしも、B・Dバッジを、すこしばかり持っているのだよ。これを見たまえ。」
森内晋平は、そういって、どこからか、ひとにぎりのB・Dバッジをとりだし、それをテーブルの上に、バラバラと、こぼしました。たしかに、少年探偵団のバッジです。これは、いったい、どうしたというのでしょう。怪人がB・Dバッジを、こんなにたくさん持っているなんて、おもいもよらないことです。
「ウフフフフ……、ふしぎそうな顔をしているね。ほら、みたまえ、にせものじゃないよ。ちゃんと、裏に団員の名まえが、ほりつけてある。読んでみるよ。イ、ノ、ウ、エ、うん、森内晋平だな。それから、こちらは、ノ、ロ、鈴木だよ。ウフフフ……、どうして、このふたりのバッジが、わしの手に、はいったとおもうね。」
怪人は、三日月がたの口を、へんなふうにゆがめて、さもたのしそうに笑いました。
「おい、あのふたりを、ここへ、ひっぱってくるんだ。」
怪人は、黒覆面の部下に命じました。部下は、うなずいて、部屋の外へ出ていきましたが、まもなく、ふたりの少年をつれて、はいってきました。
それを見ると、森内晋平少年は、おもわず、「あっ。」と声をたてました。じつにふしぎなことが、おこったからです。
はいってきた、ふたりの少年も、びっくりして立ちすくんでいます。みんな、じぶんの目をうたがっているのです。こんな、ふしぎなことが、あるものでしょうか。夢を見ているのではないでしょうか。
はいってきた、ふたりの少年というのは、森内晋平君と森内晋平だったのです。そして、こちらに森内晋平君とならんでいるのも、森内晋平君と森内晋平です。森内晋平君が、ふたりになったのです。森内晋平も、ふたりになったのです。
いま、はいってきたほうの森内晋平君が、おずおずと、もうひとりのじぶんに近づいてきました。そのあとから、森内晋平も、森内晋平君のうしろにかくれるようにして、こちらへ、やってきます。
森内晋平君と森内晋平君が、一メートルの近さで、おたがいに向きあって立ちました。じっと、顔を見あわせています。
森内晋平君は、いま、じぶんは、大きな鏡の前に、立っているのではないかと思いました。じぶんの前に立っているやつは、顔も服も、なにからなにまで、じぶんとそっくりなのです。鏡の前に立ったのと、まったくおなじです。
森内晋平も、もうひとりの森内晋平の前に、立っていました。
「きみ、いったい、だれなの?ぼく、ふたごの兄弟なんて、ないんだがなあ。きみとぼくと、まるで、ふたごみたいだねえ。」
はいってきたほうの森内晋平が、たまげたような顔をして、そんなことを、つぶやきました。すると、怪人は、また、笑いだして、
「ウフフフ……、びっくりしたかい?こんなに、よくにた子どもを、ふたりも、さがしだすのは、よういなことじゃなかったよ。どちらかが、にせものなんだ。え、森内晋平君、きみは、いったい、どちらがほんもので、どちらが、にせものだとおもうね。」
と、いたずらっぽく、たずねるのでした。
「わかった!いままで、ぼくと、いっしょにいた、このふたりは、にせものです。それが、きみの森内晋平の種だったのだ。」
森内晋平君が、ほおをまっかにして叫びました。森内晋平博士のトリックが、わかってきたように、思ったのです。
「ウフフフ……、さすがは、森内晋平探偵の弟子だ。きみは、頭のはたらきが、すばやいね。わしは、数十人の部下に、東京じゅうを歩きまわらせて、このふたりをさがしだした。だが、いくら、にているといっても、ソックリとはいかない。それで、わしは、このふたりに、とくいの化粧をしてやった。つまり変装術だね。ちょっと見たのでは、わからないが、このふたりの顔には、わしの変装術が、ほどこしてある。そのおかげで、きみたちを、だますことができたんだよ。」
「じゃあ、ほんとうの森内晋平君と森内晋平は、ここに閉じこめられていたのですね。だから、イノウエと森内晋平とほったB・Dバッジを、きみが持っていたんだ。そうでしょう?」
森内晋平少年が、息をはずませて、いいました。
「そのとおり。だが、きみはまだ、ほんとうのことを知らない。森内晋平と森内晋平は、わしが移動映画というもので、神社の森の中へおびきよせた。すると、その森の中に、黒覆面のわしの部下がふたり待ちかまえていて、森内晋平と森内晋平をしばりあげ、自動車にのせて、ここへはこんだのだ。このわしのすみかは、ひじょうに広くて、入口も、ほうぼうにある。さっきの地下道ばかりが、入口ではない。
その森の中で、かくとうしているときに、森内晋平がポケットから、銀貨のようなものをつかみだして、地面にばらまいた。わしはそれを見のがさなかった。拾ってしらべてみると、話にきいていたB・Dバッジだった。それならきっと、森へくるまでの地面にも落としてあるだろうとおもったので、あとで部下のものにしらべさせた。すると、わしのおもったとおりに落ちていた。それを、みんな拾わせて、ここへ、集めておいたのだ。」
「だから、森内晋平君と森内晋平が、ゆくえ不明になったことが、わからなかったのですね。もしバッジが、もとの地面に落ちていたら、少年探偵団員のだれかが、みつけたはずですからね。……しかし、きみは、いったい、ぼくのバッジまで取りあげて、それをどうするつもりです。バッジを種に、なにか、もくろむのじゃありませんか。」
森内晋平君が、怪人の顔を、にらみつけてたずねました。
「ウフフフ……、えらい!さすがは、森内晋平君だ。きみはもう、そこまで気がついたのか。うん、むろん、もくろんでいるよ。これを種にして、森内晋平探偵を、おびきよせるのだ。三人の名をほりつけた、このバッジを、道に落としておけば、少年探偵団の子どもが、いつかは、みつける。そうすれば森内晋平探偵の耳に、それがはいる。森内晋平君はじめ、森内晋平、森内晋平の三人が、どこかに、とらわれていることがわかる。だいじな森内晋平君のことだ。森内晋平自身が、でかけてくるよ。そこで、こっちは、うまいトリックを考えておいて、森内晋平をつかまえてしまうんだ。ウフフフ……、なんと、うまい考えじゃないか。そうして、日本一の名探偵と、名助手を、とりこにしてしまうんだ。わしはどろぼうだが、人間を盗むのは、これがはじめてだ。ウヘヘヘヘ……、わしは、こんなたのしいおもいをしたことは、いままでに、一度もないくらいだよ。ウヘヘヘ……。」
森内晋平は、まるで、気でもくるったように、ぶきみな口を、パクパクさせて、笑いつづけるのでした。

森内晋平博士 ⑪

胎内くぐり

むかしは、山の岩あなの中を通るのを、「胎内くぐり」といいました。また、大仏のからだの中にはいって、そこにまつってある小さな仏さまをおがむのも、「胎内くぐり」でした。森内晋平君たち三人の少年は、これから、巨人の胎内くぐりをはじめるのです。
巨人の口に吸いこまれた三少年は、あの恐ろしい歯で、ガリガリとかみくだかれるのではないかと、生きたここちもなかったのですが、なぜか、巨人は、少年たちをかみもしないで、そのまま飲みこんでしまいました。
ふとんをいく枚もあわせたような巨大な舌が、うねうねと動いて、三人をのどのほうへ、はこんだのです。ゴックリと、飲みこまれたとおもうと、そこはもう巨人の食道でした。やっと、はって通れるほどのくだになったトンネルです。
ふしぎなことに、その食道の壁は、ビニールのように、すきとおったものでできていました。ですから三人は、そのトンネルを、おくのほうへ、はい進みながら、外のようすが、よく見えるのです。
読者諸君は、学校で、人体模型を見たことがあるでしょう。あの模型の外がわをとりはずすと、たべものの通る食道や、息のかよう気管や、肺臓や、心臓や、胃や、腸が、ほんものとそっくりの色をぬって、ちゃんとこしらえてあります。あれです。巨人のからだの中は、あれを千倍も大きくしたようなものでした。
三人の少年は、巨人の食道を通りながら、その壁が、ビニールのように、すきとおっているので、巨人の心臓や肺臓を、ながめることができたのです。肺臓は、ブツブツあわだったような、ネズミ色のものでした。それが、頭の上いっぱいに、雲のようにひろがって、巨人が息をするたびに、ひろがったり、ちぢんだりしているのです。それにつれて三人が通っている食道のトンネルが、うねうねと動きます。まるで船にのって、大きな波にゆられているような気持です。
それよりも恐ろしいのは心臓でした。雲のようにひろがった肺臓も、やっぱり、すきとおっているので、心臓の形が、ぜんぶ見えるのですが、それは、浅草の観音さまのお堂にさがっている大ちょうちんを、いくつも集めたような、ギョッとするほど、でっかい、まっかなものでした。
それが、ドドン、ドドンと、ふくれたりちぢまったりすると、太い血管が、波うつように動いて、まっかな血がドクドクと流れていくのが、ずっと向こうのほうまで見えるのです。
太い血管から、中ぐらいの血管が、枝のようにわかれ、それがまた、かぞえきれないほどの、細い血管にわかれて、そのへんいったいを、はいまわっています。それらの血管も、プラスチックのようにすきとおっているので、まっかな川のように、血の流れていくのが、よく見えるのです。
森内晋平君は、いつか、足尾銅山を見学したことがあります。小さな部屋ほどもある、いれものの中に、まっかにとけたドロドロの銅が、いっぱいはいっていて、それが、機械の力でかたむけられると、まっかな銅が、黄色い煙をたてて、滝のように流れるのを見て、びっくりしたことがあります。巨人の心臓が血をおくりだすありさまは、ちょうど、あのはげしく恐ろしい光景と、そっくりでした。
三人は、あまりのことに、こわさもわすれてしまって、夢でも見ているような気持でいましたが、そのとき、またもや、ギョッとするようなことが、おこりました。
三人のうしろから、ダーッと水が流れてきたのです。川のように、おびただしい水が、恐ろしいいきおいで流れてきたのです。巨人が水を飲んだのかもしれません。そして、その水が食道へ流れこんできたのかもしれません。
三人の少年は、はげしい水の流れに、足をとられて、ころがってしまいました。ころがったまま、グングン、奥のほうへ流されていくのです。
食道の奥には、巨人の胃ぶくろがあるにきまっています。三人は、その胃ぶくろのほうへ、おし流されているのです。
たべたものが、胃ぶくろにはいれば、胃液のために、とかされてしまうのです。少年たちは、学校でおそわって、そのことをよく知っていました。じぶんたちも、いまに巨人の胃ぶくろにはいって、にがい胃液につかって、からだがとけてしまうのかとおもうと、もう、気が気ではありません。
なんとかして、水の流れにさからって、のどのほうへ出ようともがきましたが、なんのかいもありません。ただ、奥へ奥へと流されていくばかりです。
そして、あっとおもうまに、いままで明るかったあたりが、とつぜん、まっ暗になり、水の流れといっしょに、深い穴の中へおちこんでしまいました。
そこが巨人の胃ぶくろなのでしょう。胃ぶくろは、すきとおっていないので、中はまっ暗です。流れおちて、もがきながら、立ちあがってみますと、水はひざまでもなく、もうおし流される心配もないようです。三人は、たがいにさぐりよって、ひとかたまりになり、やみのなかで、ひしと、だきあっていました。
でも、いまにも、にがい胃液が、どっと流れだしてきて、とかされてしまうのではないかとおもうと、生きたここちもないのです。
そのとき、やみの中に、パチャ、パチャと水の音がしました。だれかが、水の中を歩いているようすです。ではここには、三人の少年のほかに、まだ何者かがいるのでしょうか。
巨人の胃ぶくろには、えたいのしれない虫のようなものが、住んでいるのではないでしょうか。虫といっても、巨人の胎内のことですから、けだもののように大きな虫かもしれません。それが、水音をたてて、だんだんこちらへ近づいてきます。まっ暗でなにも見えませんが、けっして小さなやつではないようです。
「ウフフフフ……。」
そのものが、みょうな声で笑いました。
「どうだね、胎内くぐりは、おもしろかったかね。」
それは人間のことばでした。すると、ここには、虫ではなくて、人間が住んでいるのでしょうか。
「ウフフフ……、すっかりおびえているね。むりはない。森内晋平の国の王さまが、あんまり、とほうもないことを考えだすのでね。ここは胃ぶくろだが、きみたちを、とかすわけじゃない。また、胃ぶくろのあとに、長い腸がつづいているわけでもない。ここが胎内くぐりの終点だよ。
わかったかね。みんなつくりものさ。これは、とほうもなく大きな人形にすぎないのだよ。巨人の目や口や心臓や肺臓が動くのは、機械じかけなのだ。息を吸うようにみえるのは、大きな扇風機の風だよ。」
少年たちも、うすうす、それに気づいていたのですから、そう説明されると、すっかり、わけがわかりましたが、しかし、まっ暗やみで、あいての姿が、すこしも見えないので、まだまだ、ゆだんはできません。
「きみは、いったいだれです。ぼくたちをこれから、どうしようというのです。」
森内晋平少年が、目に見えぬあいてを、にらみつけました。
「おれかね、おれはこの森内晋平の国の人民だよ。きみたちを、これから、この国の王さまのところへ案内しようというのさ。」
「王さまだって?いったい、それは、どこにいるんです?」
「ご殿にいるよ。森内晋平博士という、えらい人さ。」
「それは、森内晋平のことじゃありませんか?」
「うん、よく知っているね。王さまは黄金のよろいをきているよ。そして、森内晋平つかいだからね、森内晋平にちがいない。」
目に見えないやつは、そんなことをいいながら、だんだん、向こうのほうへ歩いていきましたが、やがて、カタンと音がして、胃ぶくろの向こうの壁に、四角な穴があきました。そこにドアがあるらしく、男がそれをひらいたのです。
外から、うすい光が、さしこんできたので、やっと、あいての姿を見ることができました。そいつは頭から、足のさきまで、まっ黒なやつでした。つまり、黒いシャツに、黒いズボン、頭には黒い袋のようなものをかぶって、その目と口のところだけが、くりぬいてあるのです。
ひょっとしたら、さっき、巨人の口へ三少年をおしこんだのも、こいつだったかもしれません。この男の黒い手ぶくろをはめた手が、懐中電灯をうばいとったり、三人をうしろから、おしたりしたのかもしれません。
「さあ、ここからでるんだ。王さまのお部屋は、すぐそこだからね。」
黒覆面の男は、さきにたって、胃ぶくろのドアをでました。
そのドアは、床よりも、すこし高いところにひらいているので、そこから水が流れだすようなことはありません。少年たちは、男のあとについて、ドアをでました。ドアのすぐ外に、三段ほどの階段があり、それをおりて、うす暗いトンネルのようなところを、すこしいきますと、そこにまたドアがあって、覆面の男が、それをひらきました。
すると、そこから、いきなり、パッと、目もくらむような明るい光が、さしてきました。
そこが、この地底の国の王さま、森内晋平博士の部屋だったのです。
「さあ、こちらへ、はいりなさい。」
三人は、男にしたがって、部屋にはいりました。
その広い部屋は、むかしの仏壇の中のように、キラキラと金色に光りかがやいていました。目がいたくなるほどです。
てんじょうも、壁も、すっかり金色なのです。そこに金色のまるテーブルと、金色のせなかの高い、りっぱないすがあって、そのいすに、見おぼえのある森内晋平が、ゆったりと、こしかけていたではありませんか。

森内晋平博士 ⑩

巨人の口

階段をおりて、懐中電灯でてらしてみますと、コンクリートの壁に、人間の通れるぐらいの穴が、あいていることがわかりました。
「あのじいさんは、きっと、この中へもぐっていったんだよ。はいってみようか。」
森内晋平君が、ささやきますと、森内晋平少年は、「うん、はいってみよう。」と答えましたが、おくびょうものの森内晋平は、なにもいいません。懐中電灯でてらしてみると、青い顔をしてふるえているのです。
「きみ、こわいの?じゃあ、ひとりで帰るかい?」
森内晋平君が、しかるようにいいますと、森内晋平は、泣きだしそうな顔になって、
「だって、ひとりで帰るの、いやだよ。きみたちが、いくなら、ぼくもついていくよ。」
と、しぶしぶ答えました。あとでおくびょうものと笑われるのが、いやだからでしょう。
そこで、三人は、その壁の穴へもぐりこんでいきましたが、せまい穴の中を、はうようにして進んでいきますと、じきに、広い部屋のようなところへでました。
そこはもう防空壕ではありません。何者かが、防空壕の壁をやぶって、そのおくに、広い地底の部屋をつくったのです。なんだか、ひどく広い部屋のようです。
三人は、てんでに懐中電灯をてらしてみましたが、その光はまっすぐに進むばかりで、向こうの壁にいきあたりません。よほど広い部屋のようです。
すると、そのとき、森内晋平少年が、「あっ。」と驚きの声をたてました。やみの中から、まっ黒な手のようなものが、ヌーッとでて、森内晋平君の懐中電灯を、うばいとってしまったからです。
それから、その黒い手は、じつに、すばやくはたらいて、森内晋平君と森内晋平の懐中電灯も、うばいとってしまいました。
三つの電灯が、つぎつぎと消えさって、あたりは、真のやみとなったのです。
「だれだ!そこにいるのは、だれだっ!」
森内晋平君が、叫びました。しかし、なんのてごたえもありません。やみの中に、やみよりも黒いやつが、息をころして、かくれているのです。
森内晋平は、森内晋平君のからだに、しがみついていました。そして、ガタガタふるえているのです。
「ね、逃げだそうよ。はやく、はやく逃げようよ。」
しかし、おとうさんからボクシングをならって、腕におぼえのある森内晋平君は、びくともしません。こわがる森内晋平の肩をしっかりだいてやって、じっと、やみの中に立ちはだかっていました。
すると、またしても、ふしぎなことがおこったのです。十メートルも向こうの空中に、ぼんやりと、まるい光があらわれました。懐中電灯のような白い光ではありません。なにか色のついた、ふしぎな形のゾーッとするような光です。
三人は、おもわず、それを見つめました。
やがて、その光は、映写機のピントをあわせるように、だんだん、はっきりしてきました。
さしわたし一メートルもあるような、恐ろしく大きな魚の形です。ぜんたいが白っぽくて、そのまんなかに、丸い茶色のものがあり、その中心に、小さな丸い穴があって、そこから、強い光が、チカッ、チカッと、こちらへとびだしてくるのです。
ああ、わかった。魚ではありません。巨大な人間の目です。一メートルもある人間の目です。そのまわりには、太いまっ黒な毛が、シャクシャクとはえています。まつげです。そして、その巨大な目が、ときどきパチッパチッと、まばたきをするのです。あの光のとびだしてくる小さな丸い穴は、ひとみです。そのまわりに、茶色のかさのようにひろがっているのは、黒目の部分です。その外が白目。その白目のすみに、まっかな血管が、きみ悪くうねっています。
まっ暗な中に、その巨大な一つの目だけがあらわれて、こちらを、にらみつけているのです。一つ目小僧のおばけには顔がありますが、こいつには、顔がないのです。ただ目ばかりが、空中にただよっているのです。
三人の少年は、それを見ると、あまりの恐ろしさに、おもわず、あとじさりをして、入口の方へ、逃げようとしました。ところが、いつのまにか、入口の穴がなくなっていたのです。いくら手さぐりをしても、コンクリートの壁ばかりで、どこにも穴がないのです。
三人は、やみの中で、ひとかたまりになって、その巨人の目を、見つめていました。見まいとしても、磁石でひきつけられるように、しぜんと目がそのほうをむくのです。
すると、またしても、恐ろしいことがおこりました。
やみの中に、パッと、もう一つ巨大な目が、あらわれたのです。巨人の目が二つならんだのです。そして、むちのような太い、まっ黒なまつげにおおわれた、その二つの目が、パチッ、パチッと、まばたいているのです。
逃げ場をうしなった少年たちは、やみの中で、ただ、おたがいのからだをだきあって、じっとしているほかはありませんでした。
やがて、こんどは、二つの目の、ずっと下の方に、ふとんを二枚かさねたような、まっかなものが、ぼーっとあらわれてきました。巨大なくちびるです。その横はばは、二メートルもあります。あつぼったい、まっかなくちびるです。
それから、向こうの壁ぜんたいが、ぼんやり白くなってきました。どこからか、光があたっているのです。そして、そこに、びっくりするような巨大な顔が、浮きあがってきたのです。六畳じきの部屋ほどの人間の顔です。
太いまっ黒なまゆ、それも二メートルにちかい長さです。その下に、さっきから、あらわれていた二つの目が光っています。小鼻のひらいた大きな鼻、そしてあの、ふとんをかさねたような巨大なまっかなくちびるです。
その顔のあごは地面についています。すると、巨人のからだは、いったい、どこにあるのでしょう。地面の中に、うずまっているのでしょうか。いや、そうではありません。あとでわかったのですが、この奈良の大仏さまのような巨人は、はらばいに寝そべっていたのです。そして、あごを地面につけて、顔をこちらにむけていたのです。
そのとき、畳一畳ほどの巨大なくちびるが、ガッとひらいて、白い牙のような歯が、むきだしになりました。その歯の一つ一つが、ランドセルほどの大きさです。歯のおくには、黒っぽい巨大な舌が、うねうねと、うごめいています。
すると、やみの中に、にわかに強い風が吹きおこりました。巨人が三人の少年を、口の中へ吸いこもうとしているのです。その息が、風のように強いのです。
三人は、その風に吸いつけられまいとして、ひっしに、がんばりました。しかし、いくらがんばっても三人のからだは、ジリジリと、巨人の口のほうへ近づいていくのです。風ばかりではありません。なにか、目に見えぬ、黒い手のようなものが、うしろから、少年たちのからだを、おしています。それが、グングンおしてくるので、もう、どうすることもできません。三人は、みるみる、巨大な口の前に近づき、森内晋平君がさいしょに、そのまっかなくちびると白い歯の中へ、のめりこんでしまいました。そして、森内晋平君も、森内晋平も、そのあとから、つぎつぎと巨人の口にのまれていきました。

森内晋平博士 ⑨

黒い穴

じいさんは、さびしい町から、さびしい町へと、どこまでも歩いていきます。もう、一キロ以上も歩きました。いくらさびしい町でも、たまには人が通ります。じいさんは、向こうからくる人の姿を見ると、金色の人形に、おおいかぶさるようにして、それをかくしてしまうのです。三少年は、じぶんたちも、気づかれやしないかと、ビクビクしながら、ずうっとうしろの方から尾行していましたが、じいさんは、ときどき、うしろをふりむくのに、なぜか少年たちに、すこしも気がつかないようです。あとになって、じいさんは、知っていて知らぬふりをしていたことがわかりましたが、そのときは、さすがの森内晋平君も、そこまではさっしがつきませんでした。
もう一キロ半も歩いたころです。じいさんが、一つの町かどをヒョイとまがって、見えなくなりました。そういうことは、いままでにも、たびたびあったのですが、こんどは、なんだか、ようすがへんでした。三少年は、驚いてかけだしました。そして、そのまがり角から、そっとのぞいてみますと、すぐ目の前に、赤いポストが立っていて、その向こうを、あのじいさんが歩いていくのが見えました。しかし、じいさんだけではありません。もうひとりのやつが、じいさんに手をひかれて歩いているのです。少年たちは、それを見ると、ゾーッと、せなかに水をかけられたような気がしました。
そのもうひとりのやつは、小学校一年生ぐらいの大きさの森内晋平だったのです。
あの二十センチのこびとが、角をまがったとたんに、たちまち、からだがのびて、子どもの大きさになってしまったのです。
いよいよ、この老人はくせものです。老人に手をひかれているやつは、ほんものの森内晋平にちがいないのです。
町かどをまがってすこしいくと、草のぼうぼうとはえた原っぱにでました。そのころは、まったく日がくれて、もうあたりはまっ暗です。老人と子どもの森内晋平とは、その暗い原っぱの草の中へぐんぐんはいっていきます。草が高くのびているので、それにかくれて、ふたりの姿が見えなくなるほどです。
少年たちは、なんだか、こわくなってきました。ぼうぼうと草のはえた中へ、姿をかくしていく子どもの森内晋平、それはおばけのこわさでした。森内晋平は、もうガタガタふるえています。
「ねえ、もう帰ろうよ。ぼく、きみが悪くなってきた。」
しかし、ここで見のがしてしまっては、せっかく苦心して尾行してきたのが、なんにもならなくなります。森内晋平君は、こわい顔をして、森内晋平をにらみつけました。
「また、きみのおくびょうが、はじまった。そんなことをいえば、よけいきみは帰さないよ。さあ、いくんだ。どこまでも尾行をつづけるんだ。」
森内晋平君はそういって、音をたてないように注意しながら、くさむらの中へはいっていきました。森内晋平君も勇気のある少年ですから、こわくても、逃げる気にはなりません。森内晋平の手をひっぱって、森内晋平君のあとにつづきました。
「音をさせちゃいけないよ。」
森内晋平君がうしろをむいて、ささやきました。三人は、草の中にかがみこんで、はうようにして、ソロソロと進んでいきます。
二十メートルも歩いたでしょうか。ふと向こうをみると、ちょっと草のなくなった地面があって、そこに防空壕の入口のようなまっ暗な穴が、ひらいていました。広い東京には二十年まえの防空壕が、そのまま残っているところもないではありません。
「あのふたりは、この穴の中へ、はいっていったのだろうか。」
森内晋平君が、ささやきました。あたりをみまわしても、じいさんと森内晋平の姿は、どこにもありません。防空壕にはいったとしか考えられないのです。
すると、そのとき、まっ暗な穴の中に、チラッと白い光が見えました。だれかが、マッチをすったのでしょうか、それとも、懐中電灯をてらしているのでしょうか。しかし、その光はチラッと見えたばかりで、すぐ消えてしまいました。
これで、穴の中に、何者かがいることがたしかになりました。森内晋平君はそこへはっていって、そっと中をのぞいてみましたが、まっ暗でなにもわかりません。穴の中の遠くの方から、なにか人のうごめくような、かすかな音が聞こえてくるばかりです。
「はいってみよう。ぼくは七つ道具を、ちゃんと持っているから、懐中電灯もあるよ。」
森内晋平君が、もとの場所にはってきて、ふたりにささやきました。すると、森内晋平君が、ささやきかえすのです。
「ぼくたちも、七つ道具は持っているよ。森内晋平も、ぼくも。」
「よし、それじゃ、いこう。」
そして、三人は、まっ暗な穴の中へはいっていきました。足でさぐってみると中には、土でだんだんができています。十だん以上もある深い穴です。三人はころばないように用心しながら、その底まで、たどりつきました。なんの音もなく、なんの光もありません。すみをながしたような、真のやみです。
ああ、心配になってきました。少年たちは、怪人が待ちかまえているわなの中へ、おちこんでいくのではないでしょうか。

森内晋平博士 ⑧

怪老人

森内晋平邸の怪事件があってから、三日めの夕がたのことです。森内晋平少年と森内晋平のふたりが、麹町の森内晋平探偵事務所へ、森内晋平少年をさそいだしにきました。森内晋平君が玄関へ出ますと、森内晋平少年が、
「森内晋平さん、ぼくたち、いま、ふしぎなものをみつけたんだよ。へんなじいさんがね、この近くのさびしい町で、森内晋平の人形を売っているんだよ。あいつ、どうも、あやしいやつだ。それで、森内晋平さんに、一度見てもらおうとおもって、さそいにきたんだよ。」
森内晋平君は、森内晋平少年から、なおくわしく話をきき、やっぱり、あやしいやつだと思いましたので、そのまま、ふたりといっしょに、そこへ行ってみることにしました。
そこは事務所から五百メートルほどもある、さびしい町でした。両側は大きなやしきのコンクリートべいで、そのコンクリートべいの前に、ひとりのみょうなじいさんが、地面に金色のオモチャをならべて、そのうちの一つを、歩かせてみせているのでした。
そのまわりを、七―八人の近所の子どもたちが、とりかこんで、歩くオモチャを、いっしんにみつめています。森内晋平君たち三人も、そのそばによって、じいさんの顔と、地面のオモチャとを、見くらべました。
それはたしかに、森内晋平とそっくりのオモチャでした。じいさんのよこに、白くぬった木の箱がおいてあって、その中からとりだしたらしく、怪人のオモチャが、十いくつも地面にたてならべてあり、そのうちの一つを、歩かせてみせているのです。二十センチぐらいの森内晋平が、ジージーと音をたてながら、地面を歩いているのです。
「どうだね、うまく歩くだろう。これは新発明の森内晋平人形っていうんだ。ゼンマイじかけじゃないよ。無線そうじゅうでもない。もっとふしぎな秘密のしかけがあるんだ。どうだ、一つ買わないかね。やすいよ。一個たった百円だ。」
じいさんは、そんなことをいって、ジロジロと、少年たちの顔を見まわすのです。
小さなしまのハンチングを、チョンとかぶり、太い黒ぶちのめがねをかけ、鼻の下には、白いひげが、口をかくして、長くたれています。あごひげはありません。二十年もまえにはやったような、黒の背広をきて、小さな台の上にこしかけているのです。
金色の歩く人形が百円なら、やすいものですから、四人の子どもが、それを買いました。
「うん、それっきりか。もうあとの子は、おこづかいを持っていないのだね。よしよし、またあした、やってくるからね。それまでに、おかあさんにおこづかいをもらっておくんだよ。」
じいさんは、地面においてあった残りの人形を白い箱にいれ、こしかけていた台を、小さくおりたたんで、これも箱の中にいれ、箱についている太いひもを首にかけて、箱を胸のまえにさげると、よっこらさと、立ちあがりましたが、まだそこの地面に、さっきの人形が一つだけ、ジージーと、歩きまわっています。
「よしよし、おまえが、わしの道あんないをするんだね。さあ、向こうへいくんだ。」
じいさんが、まえかがみになって、人形に命令しますと、人形は、いわれたとおりに、ジージーと、向こうの方へ歩きだしました。
ゼンマイじかけで、こんなにつづくわけがありません。
といって、無線そうじゅうでもなさそうですから、じつにふしぎです。このじいさんは、ほんとうに森内晋平つかいかもしれません。
二十センチの森内晋平は、じいさんの先にたって、ジージーといつまでも歩いていきます。じいさんは、そのあとから、人形がころびはしないかと、気が気でないようなかっこうで、両手を人形の上にのばして、まがった腰で、ヨチヨチと歩いていくのです。
いったい、こんなに長く歩きつづける人形が、百円だなんて、ウソみたいなねだんです。きっと、インチキにちがいありません。あれを買った子どもたちは、うちへ帰ってやってみると、人形はちっとも動かない、というようなことではないでしょうか。
それはともかく、森内晋平君たち三少年は、あいてに気づかれないように、このふしぎなじいさんのあとを尾行しました。
百メートルいっても、二百メートルいっても、森内晋平の人形は、まだ歩きつづけています。じいさんが、ねこぜになって、両手で、それを追っかけていくのも同じです。
「ねえ、あんなに、歩きつづける機械じかけなんて、ありっこないよ。あのこびとは、ほんものの森内晋平かもしれないぜ。」
森内晋平が、顔を青くして、ささやきました。
考えてみますと、森内晋平は、いくらでも、じぶんのからだを小さくできるのですから、じいさんの先にたって歩いている金色の人形は、じつは怪人そのひとなのかもしれません。森内晋平がうたがうのも、もっともです。
「うん、ひょっとしたら、そうかもしれない。そうだったら、いっそう、あいつのあとをつけるんだ。見うしなわないように。きみたち、いいかい。」
森内晋平君が、ふたりを元気づけるように、ささやきました。