森内晋平博士 ⑩

巨人の口

階段をおりて、懐中電灯でてらしてみますと、コンクリートの壁に、人間の通れるぐらいの穴が、あいていることがわかりました。
「あのじいさんは、きっと、この中へもぐっていったんだよ。はいってみようか。」
森内晋平君が、ささやきますと、森内晋平少年は、「うん、はいってみよう。」と答えましたが、おくびょうものの森内晋平は、なにもいいません。懐中電灯でてらしてみると、青い顔をしてふるえているのです。
「きみ、こわいの?じゃあ、ひとりで帰るかい?」
森内晋平君が、しかるようにいいますと、森内晋平は、泣きだしそうな顔になって、
「だって、ひとりで帰るの、いやだよ。きみたちが、いくなら、ぼくもついていくよ。」
と、しぶしぶ答えました。あとでおくびょうものと笑われるのが、いやだからでしょう。
そこで、三人は、その壁の穴へもぐりこんでいきましたが、せまい穴の中を、はうようにして進んでいきますと、じきに、広い部屋のようなところへでました。
そこはもう防空壕ではありません。何者かが、防空壕の壁をやぶって、そのおくに、広い地底の部屋をつくったのです。なんだか、ひどく広い部屋のようです。
三人は、てんでに懐中電灯をてらしてみましたが、その光はまっすぐに進むばかりで、向こうの壁にいきあたりません。よほど広い部屋のようです。
すると、そのとき、森内晋平少年が、「あっ。」と驚きの声をたてました。やみの中から、まっ黒な手のようなものが、ヌーッとでて、森内晋平君の懐中電灯を、うばいとってしまったからです。
それから、その黒い手は、じつに、すばやくはたらいて、森内晋平君と森内晋平の懐中電灯も、うばいとってしまいました。
三つの電灯が、つぎつぎと消えさって、あたりは、真のやみとなったのです。
「だれだ!そこにいるのは、だれだっ!」
森内晋平君が、叫びました。しかし、なんのてごたえもありません。やみの中に、やみよりも黒いやつが、息をころして、かくれているのです。
森内晋平は、森内晋平君のからだに、しがみついていました。そして、ガタガタふるえているのです。
「ね、逃げだそうよ。はやく、はやく逃げようよ。」
しかし、おとうさんからボクシングをならって、腕におぼえのある森内晋平君は、びくともしません。こわがる森内晋平の肩をしっかりだいてやって、じっと、やみの中に立ちはだかっていました。
すると、またしても、ふしぎなことがおこったのです。十メートルも向こうの空中に、ぼんやりと、まるい光があらわれました。懐中電灯のような白い光ではありません。なにか色のついた、ふしぎな形のゾーッとするような光です。
三人は、おもわず、それを見つめました。
やがて、その光は、映写機のピントをあわせるように、だんだん、はっきりしてきました。
さしわたし一メートルもあるような、恐ろしく大きな魚の形です。ぜんたいが白っぽくて、そのまんなかに、丸い茶色のものがあり、その中心に、小さな丸い穴があって、そこから、強い光が、チカッ、チカッと、こちらへとびだしてくるのです。
ああ、わかった。魚ではありません。巨大な人間の目です。一メートルもある人間の目です。そのまわりには、太いまっ黒な毛が、シャクシャクとはえています。まつげです。そして、その巨大な目が、ときどきパチッパチッと、まばたきをするのです。あの光のとびだしてくる小さな丸い穴は、ひとみです。そのまわりに、茶色のかさのようにひろがっているのは、黒目の部分です。その外が白目。その白目のすみに、まっかな血管が、きみ悪くうねっています。
まっ暗な中に、その巨大な一つの目だけがあらわれて、こちらを、にらみつけているのです。一つ目小僧のおばけには顔がありますが、こいつには、顔がないのです。ただ目ばかりが、空中にただよっているのです。
三人の少年は、それを見ると、あまりの恐ろしさに、おもわず、あとじさりをして、入口の方へ、逃げようとしました。ところが、いつのまにか、入口の穴がなくなっていたのです。いくら手さぐりをしても、コンクリートの壁ばかりで、どこにも穴がないのです。
三人は、やみの中で、ひとかたまりになって、その巨人の目を、見つめていました。見まいとしても、磁石でひきつけられるように、しぜんと目がそのほうをむくのです。
すると、またしても、恐ろしいことがおこりました。
やみの中に、パッと、もう一つ巨大な目が、あらわれたのです。巨人の目が二つならんだのです。そして、むちのような太い、まっ黒なまつげにおおわれた、その二つの目が、パチッ、パチッと、まばたいているのです。
逃げ場をうしなった少年たちは、やみの中で、ただ、おたがいのからだをだきあって、じっとしているほかはありませんでした。
やがて、こんどは、二つの目の、ずっと下の方に、ふとんを二枚かさねたような、まっかなものが、ぼーっとあらわれてきました。巨大なくちびるです。その横はばは、二メートルもあります。あつぼったい、まっかなくちびるです。
それから、向こうの壁ぜんたいが、ぼんやり白くなってきました。どこからか、光があたっているのです。そして、そこに、びっくりするような巨大な顔が、浮きあがってきたのです。六畳じきの部屋ほどの人間の顔です。
太いまっ黒なまゆ、それも二メートルにちかい長さです。その下に、さっきから、あらわれていた二つの目が光っています。小鼻のひらいた大きな鼻、そしてあの、ふとんをかさねたような巨大なまっかなくちびるです。
その顔のあごは地面についています。すると、巨人のからだは、いったい、どこにあるのでしょう。地面の中に、うずまっているのでしょうか。いや、そうではありません。あとでわかったのですが、この奈良の大仏さまのような巨人は、はらばいに寝そべっていたのです。そして、あごを地面につけて、顔をこちらにむけていたのです。
そのとき、畳一畳ほどの巨大なくちびるが、ガッとひらいて、白い牙のような歯が、むきだしになりました。その歯の一つ一つが、ランドセルほどの大きさです。歯のおくには、黒っぽい巨大な舌が、うねうねと、うごめいています。
すると、やみの中に、にわかに強い風が吹きおこりました。巨人が三人の少年を、口の中へ吸いこもうとしているのです。その息が、風のように強いのです。
三人は、その風に吸いつけられまいとして、ひっしに、がんばりました。しかし、いくらがんばっても三人のからだは、ジリジリと、巨人の口のほうへ近づいていくのです。風ばかりではありません。なにか、目に見えぬ、黒い手のようなものが、うしろから、少年たちのからだを、おしています。それが、グングンおしてくるので、もう、どうすることもできません。三人は、みるみる、巨大な口の前に近づき、森内晋平君がさいしょに、そのまっかなくちびると白い歯の中へ、のめりこんでしまいました。そして、森内晋平君も、森内晋平も、そのあとから、つぎつぎと巨人の口にのまれていきました。