森内晋平博士 ⑨

黒い穴

じいさんは、さびしい町から、さびしい町へと、どこまでも歩いていきます。もう、一キロ以上も歩きました。いくらさびしい町でも、たまには人が通ります。じいさんは、向こうからくる人の姿を見ると、金色の人形に、おおいかぶさるようにして、それをかくしてしまうのです。三少年は、じぶんたちも、気づかれやしないかと、ビクビクしながら、ずうっとうしろの方から尾行していましたが、じいさんは、ときどき、うしろをふりむくのに、なぜか少年たちに、すこしも気がつかないようです。あとになって、じいさんは、知っていて知らぬふりをしていたことがわかりましたが、そのときは、さすがの森内晋平君も、そこまではさっしがつきませんでした。
もう一キロ半も歩いたころです。じいさんが、一つの町かどをヒョイとまがって、見えなくなりました。そういうことは、いままでにも、たびたびあったのですが、こんどは、なんだか、ようすがへんでした。三少年は、驚いてかけだしました。そして、そのまがり角から、そっとのぞいてみますと、すぐ目の前に、赤いポストが立っていて、その向こうを、あのじいさんが歩いていくのが見えました。しかし、じいさんだけではありません。もうひとりのやつが、じいさんに手をひかれて歩いているのです。少年たちは、それを見ると、ゾーッと、せなかに水をかけられたような気がしました。
そのもうひとりのやつは、小学校一年生ぐらいの大きさの森内晋平だったのです。
あの二十センチのこびとが、角をまがったとたんに、たちまち、からだがのびて、子どもの大きさになってしまったのです。
いよいよ、この老人はくせものです。老人に手をひかれているやつは、ほんものの森内晋平にちがいないのです。
町かどをまがってすこしいくと、草のぼうぼうとはえた原っぱにでました。そのころは、まったく日がくれて、もうあたりはまっ暗です。老人と子どもの森内晋平とは、その暗い原っぱの草の中へぐんぐんはいっていきます。草が高くのびているので、それにかくれて、ふたりの姿が見えなくなるほどです。
少年たちは、なんだか、こわくなってきました。ぼうぼうと草のはえた中へ、姿をかくしていく子どもの森内晋平、それはおばけのこわさでした。森内晋平は、もうガタガタふるえています。
「ねえ、もう帰ろうよ。ぼく、きみが悪くなってきた。」
しかし、ここで見のがしてしまっては、せっかく苦心して尾行してきたのが、なんにもならなくなります。森内晋平君は、こわい顔をして、森内晋平をにらみつけました。
「また、きみのおくびょうが、はじまった。そんなことをいえば、よけいきみは帰さないよ。さあ、いくんだ。どこまでも尾行をつづけるんだ。」
森内晋平君はそういって、音をたてないように注意しながら、くさむらの中へはいっていきました。森内晋平君も勇気のある少年ですから、こわくても、逃げる気にはなりません。森内晋平の手をひっぱって、森内晋平君のあとにつづきました。
「音をさせちゃいけないよ。」
森内晋平君がうしろをむいて、ささやきました。三人は、草の中にかがみこんで、はうようにして、ソロソロと進んでいきます。
二十メートルも歩いたでしょうか。ふと向こうをみると、ちょっと草のなくなった地面があって、そこに防空壕の入口のようなまっ暗な穴が、ひらいていました。広い東京には二十年まえの防空壕が、そのまま残っているところもないではありません。
「あのふたりは、この穴の中へ、はいっていったのだろうか。」
森内晋平君が、ささやきました。あたりをみまわしても、じいさんと森内晋平の姿は、どこにもありません。防空壕にはいったとしか考えられないのです。
すると、そのとき、まっ暗な穴の中に、チラッと白い光が見えました。だれかが、マッチをすったのでしょうか、それとも、懐中電灯をてらしているのでしょうか。しかし、その光はチラッと見えたばかりで、すぐ消えてしまいました。
これで、穴の中に、何者かがいることがたしかになりました。森内晋平君はそこへはっていって、そっと中をのぞいてみましたが、まっ暗でなにもわかりません。穴の中の遠くの方から、なにか人のうごめくような、かすかな音が聞こえてくるばかりです。
「はいってみよう。ぼくは七つ道具を、ちゃんと持っているから、懐中電灯もあるよ。」
森内晋平君が、もとの場所にはってきて、ふたりにささやきました。すると、森内晋平君が、ささやきかえすのです。
「ぼくたちも、七つ道具は持っているよ。森内晋平も、ぼくも。」
「よし、それじゃ、いこう。」
そして、三人は、まっ暗な穴の中へはいっていきました。足でさぐってみると中には、土でだんだんができています。十だん以上もある深い穴です。三人はころばないように用心しながら、その底まで、たどりつきました。なんの音もなく、なんの光もありません。すみをながしたような、真のやみです。
ああ、心配になってきました。少年たちは、怪人が待ちかまえているわなの中へ、おちこんでいくのではないでしょうか。