森内晋平博士 ⑬

森内晋平少年の知恵

森内晋平は、やっと、笑いやむと、しばらくだまっていましたが、じぶんの顔をにらみつけている森内晋平君を、見かえして、しずかにたずねました。
「きみには、わしの森内晋平の種が、すっかりわかったかね?」
「うん、わかっている。ぼくには、もう、なにもかも、わかっているよ。」
森内晋平少年は、自信ありげに答えました。かわいい目が、キラキラ光っています。
「ほう、えらいもんだ。それじゃ聞くがね。わしは、なぜ森内晋平と森内晋平を、つかまえたんだろうね。」
「それは、ふたりのかえだまを、つくるためさ。」
「なぜ、かえだまを、つくったんだね。」
「森内晋平さんの蔵の中から、グーテンベルクの聖書を、盗むためさ。」
「かんしん、かんしん、きみは、そこまで気がついたのか。で、どうして、あの聖書を盗んだんだね。」
「あのとき、ぼくと、森内晋平君のおとうさんと、森内晋平君のほかに、四人の少年探偵団員が、がんばっていた。その四人の中に、にせものの森内晋平君と、森内晋平が、まじっていたのだ。そして、たぶん、にせの森内晋平君が、森内晋平にばけたんだ。あの金色の衣装は、おりたためば、小さくなるにちがいない。にせの森内晋平君は、それを、きたり、ぬいだりして、みんなをごまかしたんだ。」
「うん、そのとおりだ。あのときに、つかった金の仮面や、よろいは、ビニールに金のこなをぬったもので、蔵の中のうす暗い電灯だから、ごまかせたんだよ。にせの森内晋平は、その金の衣装を、二くみ持っていた。子どもの大きさのと、おとなの大きさのとね。おとなの衣装には、足にタケウマのような棒がついていて、せいが高くなるんだ。それを、電灯の消えているまにきかえて、うす暗い蔵のすみに立って、みんなを、おどかしたんだよ。ぬいだときには小さくたたんで、本棚の大きな本のうしろにかくしておいたのだ。あのとき、だれも本のうしろなど、さがさなかったからね。森内晋平は、煙のように消えうせてしまったとしか、考えられなかったのだよ。」
「蔵の電灯を、消したり、つけたりしたのは、にせの森内晋平のほうだね。それから、電灯が消えているすきに、森内晋平君のおとうさんの手から、聖書の桐の箱をうばいとったのも、にせの森内晋平だったにちがいない。」
「そのとおり。だが、待ちたまえ。あのときの森内晋平は、おとなになったり、子どもになったり、ネズミぐらいの小さな姿になったりしたね。あのときばかりじゃない。そのまえに、庭で森内晋平少年の前にあらわれたときも、見ている前で、だんだん小さくなった。そして、ネズミぐらいになって、井戸側をのぼって、古井戸の中へ、かくれてしまった。あれは、どういうわけだね。」
おそろしい森内晋平博士の森内晋平が、まるで、先生が生徒に質問するように、やさしいことばをつかっています。森内晋平君の知恵に、感心してしまったかたちです。それに、いくら、かしこくても、この地下室からは逃げだせるものじゃないと、安心していたからです。この子どもはどのくらい知恵があるか、ためしてみようと、しているのです。
森内晋平君のほうは、そんな、のんきなたちばではありません。このにくい怪物の森内晋平の種をあばいて、あいてを、へこませてやろうという気持で、いっぱいでした。
「あの、森内晋平君の庭に、あらわれたときは、もう、うす暗くなった、夕がただった。だから、やっぱり、うまく動かせたのだ。大きな木が、たくさん立ちならんでいた。あのときの怪物、あれは、むろん、きみだよ。きみばかりじゃない。子どもの助手がいた。それも、にせの森内晋平と森内晋平だったかもしれない。ふたりは、金色の衣装をつけて、大きな木のみきのかげにかくれていた。まず、おとなのきみが、森内晋平君のそばをはなれて、一本の木のかげにかくれる。すると、にせの森内晋平が、きみにかわって、森内晋平君に見えるように歩きだし、はんたいがわの木のみきにかくれる。そこに、にせの森内晋平が待っていて、いれかわって、姿をあらわす。森内晋平は、森内晋平君にくらべると、ずっと、せいがひくいのだから、そこで、また森内晋平が小さくなったように見えたのだ。」
「うん、よく、考えたね。そのとおりだ。しかし、ネズミのように、小さくなったのは、どうしたわけだろう。まさか、あんな小さな人間が、いるはずはないからね。」
「あれは、オモチャだ!」
森内晋平君が、叫ぶように、いいました。
「えっ、オモチャだって、オモチャが、どうして、井戸側をよじ登れるね。」
「目に見えないぐらい細い糸だ!たぶん、じょうぶな黒い絹糸だ。それを、古井戸の中に、きみの部下がかくれていて、ひっぱったのだ。それから、地面を歩いたのは、ゼンマイじかけだ。ゼンマイじかけのオモチャは、ひとりで歩けるからね。蔵の窓によじ登ったときも、中から、たぶん、にせの森内晋平が、細い糸を、ひっぱっていたのだ。」
「うまいっ!きみは、じつに名探偵だよ。よく、そこまで、考えられたねえ。そのとおりだよ。きみのような、かしこい子どもは、このわしの部下にしたいくらいだ。いや、部下にするつもりだ。きみばかりじゃない。森内晋平名探偵も、そのうち、わしの部下にするつもりだよ。」
「それはだめだ。ぼくは、けっして、きみの部下にならない。まして、森内晋平先生が、きみの部下になんかなって、たまるもんか。いまに、ひどいめにあわされるから、見ているがいい。」
森内晋平君も、負けてはいません。リンゴのようなほおを、いっそう赤くして、くってかかるのでした。
「ウヘヘヘ……、わしのとりこになった身のうえで、なにを大きなことをいっている。そっちこそ、いまに見ているがいい。森内晋平先生が、この部屋に、とらえられてきたときに、べそをかくんじゃないぞ。」
「とらえられるもんか。ぼくが、じゃまをしてやる。けっして、先生は、きみなんかに、だまされやしないよ。」
それを聞くと、いままでだまっていた、ほんものの森内晋平君も肩をいからして、どなりだすのでした。
「うん、そうだ。森内晋平さんと、ぼくと、森内晋平の三人で、きみのじゃまをしてやるんだ……。負けるもんかっ。」
「ウヘヘヘ……、チンピラたち、なかなか、いせいがいいな。そんなにどなったって、わしは、ちっとも、おどろかない。かえって、きみたちが、かわいくなるくらいだよ。よし、よし、そう、さわぐんじゃない。いまに、おいしいものを、たべさせてやるからな。ウフフフ……。ところで、森内晋平君、きみはまだ、いいわすれたことがあるはずだね。ほら、今日の夕がたのことさ、小さな黄金人形が、どこまでも歩きだしたじゃないか。そしてとちゅうで、たちまち、子どもぐらいの大きさになったじゃないか。あれは、どうしたわけだろうね。」
「うん、それも、わかっている。あのオモチャを売ってたじいさんは、きみだよ。きみがばけていたんだよ。」
「ウフフフ……、そうかもしれないね。」
「そして、オモチャの人形が、いつまでも歩いたのは、やっぱり、きみが、細い糸であやつっていたんだ。きみは、両手を前につきだして、人形を追いかけていた。それで、きみの手は、いつも、人形の真上にあった、あの手で、細い糸をあやつって、人形が歩くように、見せかけていたんだよ。うす暗い夕がただから、その糸が見えなかったんだ。
それから、とつぜん、子どもぐらいの大きさになったのは、ポストのあるまがり角だった。黄金の衣装をきた子どもが、あのポストのかげに、かくれていたんだよ。」
「いや、それでは、まだ、考えがたりない。いいかね。あのときは、うす暗いといっても、まだ夕がただった。それに人どおりがないとはいえない。いくらポストのかげにかくれていても、金ピカの衣装をきているんだから、すぐ見つかってしまう。そうすれば、大さわぎになる。このわしが、そんな、あぶないことを、やるとおもうかね?」
「あっ、そうか。それじゃあ、あのポストは……。」
森内晋平君は、びっくりしたような目で、怪人を見つめました。
「うん、そうだよ。きみは、じつにすばやく、頭がはたらくねえ。……あのポストはにせものだったのさ。うすい鉄板に赤ペンキをぬった、にせものだったのさ。にせの森内晋平が、金色の衣装をきて、あのポストの中にかくれていたんだよ。これなら、いくら人どおりがあっても、だいじょうぶだからね。そして、わしが、あの角をまがったとき、軽いにせのポストを、すばやく持ちあげて、森内晋平をだしてやったというわけさ。ウフフフ……。」
森内晋平は、さも、おかしそうに、笑いだすのでした。それにしても、なんというふしぎな怪物でしょう。なるほど、森内晋平つかいです。ふつうの人間には、おもいもよらない奇術を、つぎからつぎへと、つかって見せるのです。さて、これから、どんなことがおこるのでしょうか。