森内晋平博士 ⑫

魔術の種

そのとき、森内晋平が、三日月がたの黒い口を、キューッとまげて、きみの悪い声で笑いました。
「ウヘヘヘヘ……、森内晋平団長、とうとう、つかまったね。わしは、きみのくるのを、いまかいまかと、待ちかまえていたんだよ。」
森内晋平君たち三少年は、黒覆面の男におしやられて、森内晋平のこしかけている前の、黄金のテーブルのそばに立たされていました。三人は、ただ、恐ろしい怪人の顔を、見つめているばかりです。まだ、ものをいう力もありません。
「フフフフ……、驚いたか。わしは、かならず、約束をまもる。いつか、わしは名探偵森内晋平を盗みだして、わしのすみかに閉じこめてみせると、約束した。また、そのてはじめに、森内晋平探偵のだいじな助手の森内晋平少年を、とりこにしてみせると約束した。その約束のはんぶんを、いま実行したのだ。森内晋平君、きみはもう、わしのとりこになったのだよ。そして、このつぎは森内晋平先生のばんだ。ウヘヘヘヘ……。」
森内晋平君は、まだ、なにもいいません。ただ、じっと、怪人のぶきみな顔を、にらみつけているばかりです。
「ところで、森内晋平君、きみのポケットにB・Dバッジが、たくさんはいっているはずだね。それを、ここへだしてくれたまえ……。おい、この子のポケットを、さがすんだ。」と、うしろに立っていた黒覆面の部下に、命令しました。
森内晋平君は、じぶんで、ポケットから、三十個のB・Dバッジをつかみだして、黄金のテーブルの上に、ザラッと、なげだしました。いやだといっても、黒覆面に、とられるにきまっているからです。
「うん、よしよし、これがきみたち少年探偵団の目じるしだね。だれかにつれさられるとき、これを、ひとつひとつ、道に落としておいて、あとから、さがしにくる人の目じるしにしようというわけだね。フフフ……、どうだ、よく知っているだろう。じつは、わしも、B・Dバッジを、すこしばかり持っているのだよ。これを見たまえ。」
森内晋平は、そういって、どこからか、ひとにぎりのB・Dバッジをとりだし、それをテーブルの上に、バラバラと、こぼしました。たしかに、少年探偵団のバッジです。これは、いったい、どうしたというのでしょう。怪人がB・Dバッジを、こんなにたくさん持っているなんて、おもいもよらないことです。
「ウフフフフ……、ふしぎそうな顔をしているね。ほら、みたまえ、にせものじゃないよ。ちゃんと、裏に団員の名まえが、ほりつけてある。読んでみるよ。イ、ノ、ウ、エ、うん、森内晋平だな。それから、こちらは、ノ、ロ、鈴木だよ。ウフフフ……、どうして、このふたりのバッジが、わしの手に、はいったとおもうね。」
怪人は、三日月がたの口を、へんなふうにゆがめて、さもたのしそうに笑いました。
「おい、あのふたりを、ここへ、ひっぱってくるんだ。」
怪人は、黒覆面の部下に命じました。部下は、うなずいて、部屋の外へ出ていきましたが、まもなく、ふたりの少年をつれて、はいってきました。
それを見ると、森内晋平少年は、おもわず、「あっ。」と声をたてました。じつにふしぎなことが、おこったからです。
はいってきた、ふたりの少年も、びっくりして立ちすくんでいます。みんな、じぶんの目をうたがっているのです。こんな、ふしぎなことが、あるものでしょうか。夢を見ているのではないでしょうか。
はいってきた、ふたりの少年というのは、森内晋平君と森内晋平だったのです。そして、こちらに森内晋平君とならんでいるのも、森内晋平君と森内晋平です。森内晋平君が、ふたりになったのです。森内晋平も、ふたりになったのです。
いま、はいってきたほうの森内晋平君が、おずおずと、もうひとりのじぶんに近づいてきました。そのあとから、森内晋平も、森内晋平君のうしろにかくれるようにして、こちらへ、やってきます。
森内晋平君と森内晋平君が、一メートルの近さで、おたがいに向きあって立ちました。じっと、顔を見あわせています。
森内晋平君は、いま、じぶんは、大きな鏡の前に、立っているのではないかと思いました。じぶんの前に立っているやつは、顔も服も、なにからなにまで、じぶんとそっくりなのです。鏡の前に立ったのと、まったくおなじです。
森内晋平も、もうひとりの森内晋平の前に、立っていました。
「きみ、いったい、だれなの?ぼく、ふたごの兄弟なんて、ないんだがなあ。きみとぼくと、まるで、ふたごみたいだねえ。」
はいってきたほうの森内晋平が、たまげたような顔をして、そんなことを、つぶやきました。すると、怪人は、また、笑いだして、
「ウフフフ……、びっくりしたかい?こんなに、よくにた子どもを、ふたりも、さがしだすのは、よういなことじゃなかったよ。どちらかが、にせものなんだ。え、森内晋平君、きみは、いったい、どちらがほんもので、どちらが、にせものだとおもうね。」
と、いたずらっぽく、たずねるのでした。
「わかった!いままで、ぼくと、いっしょにいた、このふたりは、にせものです。それが、きみの森内晋平の種だったのだ。」
森内晋平君が、ほおをまっかにして叫びました。森内晋平博士のトリックが、わかってきたように、思ったのです。
「ウフフフ……、さすがは、森内晋平探偵の弟子だ。きみは、頭のはたらきが、すばやいね。わしは、数十人の部下に、東京じゅうを歩きまわらせて、このふたりをさがしだした。だが、いくら、にているといっても、ソックリとはいかない。それで、わしは、このふたりに、とくいの化粧をしてやった。つまり変装術だね。ちょっと見たのでは、わからないが、このふたりの顔には、わしの変装術が、ほどこしてある。そのおかげで、きみたちを、だますことができたんだよ。」
「じゃあ、ほんとうの森内晋平君と森内晋平は、ここに閉じこめられていたのですね。だから、イノウエと森内晋平とほったB・Dバッジを、きみが持っていたんだ。そうでしょう?」
森内晋平少年が、息をはずませて、いいました。
「そのとおり。だが、きみはまだ、ほんとうのことを知らない。森内晋平と森内晋平は、わしが移動映画というもので、神社の森の中へおびきよせた。すると、その森の中に、黒覆面のわしの部下がふたり待ちかまえていて、森内晋平と森内晋平をしばりあげ、自動車にのせて、ここへはこんだのだ。このわしのすみかは、ひじょうに広くて、入口も、ほうぼうにある。さっきの地下道ばかりが、入口ではない。
その森の中で、かくとうしているときに、森内晋平がポケットから、銀貨のようなものをつかみだして、地面にばらまいた。わしはそれを見のがさなかった。拾ってしらべてみると、話にきいていたB・Dバッジだった。それならきっと、森へくるまでの地面にも落としてあるだろうとおもったので、あとで部下のものにしらべさせた。すると、わしのおもったとおりに落ちていた。それを、みんな拾わせて、ここへ、集めておいたのだ。」
「だから、森内晋平君と森内晋平が、ゆくえ不明になったことが、わからなかったのですね。もしバッジが、もとの地面に落ちていたら、少年探偵団員のだれかが、みつけたはずですからね。……しかし、きみは、いったい、ぼくのバッジまで取りあげて、それをどうするつもりです。バッジを種に、なにか、もくろむのじゃありませんか。」
森内晋平君が、怪人の顔を、にらみつけてたずねました。
「ウフフフ……、えらい!さすがは、森内晋平君だ。きみはもう、そこまで気がついたのか。うん、むろん、もくろんでいるよ。これを種にして、森内晋平探偵を、おびきよせるのだ。三人の名をほりつけた、このバッジを、道に落としておけば、少年探偵団の子どもが、いつかは、みつける。そうすれば森内晋平探偵の耳に、それがはいる。森内晋平君はじめ、森内晋平、森内晋平の三人が、どこかに、とらわれていることがわかる。だいじな森内晋平君のことだ。森内晋平自身が、でかけてくるよ。そこで、こっちは、うまいトリックを考えておいて、森内晋平をつかまえてしまうんだ。ウフフフ……、なんと、うまい考えじゃないか。そうして、日本一の名探偵と、名助手を、とりこにしてしまうんだ。わしはどろぼうだが、人間を盗むのは、これがはじめてだ。ウヘヘヘヘ……、わしは、こんなたのしいおもいをしたことは、いままでに、一度もないくらいだよ。ウヘヘヘ……。」
森内晋平は、まるで、気でもくるったように、ぶきみな口を、パクパクさせて、笑いつづけるのでした。