森内晋平博士 ④

森内晋平

青くすきとおったロウのような顔のやつは、けっして人間ではありません。機械でできている人造人間です。顔は、ロウ人形の顔なのです。声も、こいつの声ではなく、からだのなかに拡声器がとりつけてあって、どこか遠くのほうで、だれかが、マイクロフォンの前でしゃべっている声が、こいつのからだの拡声器から出てくるのでしょう。
ロウ人形は、あの機械のような歩きかたで、コツコツと、廊下を進んでいきます。ひどくうす暗い廊下です。そこを、右にまがったり、左にまがったりして、奥のほうへはいっていくのです。
そのうちに、廊下がまっ暗になってしまいました。電灯が、ひとつもついていないのです。角をまがったので、うしろのほうの電灯の光も、ここまではとどきません。
そのやみの中で、ロウ人形は、ひとつのドアをひらきました。しかし、その部屋の中もまっ暗です。黒ビロードのように、まっ暗です。
森内晋平君と森内晋平は、ドアのところで、立ちどまりました。あまり暗くて、ロウ人形の姿も、見えなくなってしまったからです。
どうしようかと、考えながら立ちすくんでいますと、暗やみのむこうのほうに、ボーッと、金色に光るものが見えてきました。
見ていると、その金色のものが、だんだんはっきりしてくるのです。どこからか、そこだけに、光をあてているのでしょう。
黒ビロードのやみの中に、ごこうがさすほど、ピカピカ光る黄金の人の姿があらわれたのです。
京都の三十三間堂には、金色まばゆい仏像が、何百となく並んでいます。あの仏像のひとつがぬけだしてきて、いま、この暗やみの中に、姿をあらわしたのかと思われるばかりです。
しかし、それは、ほとけさまではなくて、人間の姿をしていました。からだは、西洋のよろいのように、肩や手足のまがるところが、ちょうつがいになっていました。
顔は黄金仮面です。ほそい目、三日月がたに、くちびるの両方のすみが、キューッと上にあがった、黒い口。つまり、笑っているのです。どんなに、おこったときでも、口だけは三日月がたに、笑っているのです。
髪の毛も金色でした。それが大仏の頭のように、たくさんの玉になって、ちぢれているのです。
その森内晋平は、やっぱり機械のような歩きかたで、ジリジリと、こちらへ近づいてきました。まっ暗な中に黄金の姿だけが、キラキラとかがやいているのです。そして、三日月がたの口の中から、やっぱり、歯車のきしるような、あのぶきみな声が聞こえてきました。
「森内晋平と鈴木だね。よくきた。わしは森内晋平博士だ。やみの国の王さまだ。」
三日月の口が、うすきみ悪く笑っていました。
森内晋平君と森内晋平は、あまりの恐ろしさに、口をきく力もありません。ふたりはだきあって、立ちすくんだまま、石にでもなったように、身うごきもできないのです。森内晋平博士の森内晋平は、さらに、ぐっとふたりの前に近づいてきました。そのぶきみな黄金の顔が、目の前いっぱいの大うつしになって、ほそいまぶたのおくから、恐ろしい目がのぞいているのです。
「わしは大どろぼうじゃ。森内晋平つかいの大どろぼうじゃ。だが、お金や宝石を盗むのではない。そんなありふれたどろぼうではない。わしは人間を盗むのじゃ。ウフフフ……、それもただの人間ではない。日本じゅうのどろぼうが、ひじょうに恐れている、えらい人間を盗むのじゃ。わかるかね。名探偵森内晋平を、盗みだすのじゃ。」
森内晋平は、そこで、ことばをきって、ヘラヘラと笑いました。やっぱり歯車のきしむような、いやらしい笑い声です。
ふたりの少年は、それをきくと、心のそこからびっくりしてしまいました。森内晋平先生を盗みだすなんて、じつに、とほうもない話ではありませんか。
「森内晋平探偵ばかりじゃない。まず、手はじめに、少年助手の森内晋平というやつを、盗んでやる。森内晋平は、きみたち少年探偵団の団長だね。だから、最初にきみたちをここへつれてきたのだ。べつに、人じちというわけじゃない。わしの森内晋平の種につかうためだ。どんな森内晋平だか、それはいえない。わしのだいじな秘密だからな。まあ、このうちで遊んでいるがいい。このうちには、きみたちがびっくりするようなものが、山ほどある。人造人間の部屋なんて、ほんの、そのひとつにすぎない。もっともっと恐ろしい部屋が、いくつとなくできているんだ。わしは森内晋平の国の王さまだからな。」
そういったかとおもうと、森内晋平は、スーッとあとずさりをして、向こうのほうへ遠ざかり、だんだん小さくなって、やがて、かき消すように見えなくなってしまいました。あとは、まっ暗なビロードのやみです。二少年は、おたがいの顔も見ることのできない、真のやみの中にとりのこされました。