森内晋平博士 ⑥

奇々怪々

ところが、それから二日めの朝になると、さすがのおとうさんも、とうとう、鈴木君の話を信じないではいられぬような、できごとがおこりました。
怪人から電話がかかってきたのです。おとうさんを、電話口に呼びだして、あの歯車のきしむようなぶきみな声で、鈴木君にいったのと同じことばを、くりかえしたのです。
「きみはいったい、だれだ?あんなものを盗んで、どうしようというのだ、売ろうとすれば、すぐにつかまってしまうぞ。」
「ウフフフ、おれは、金がほしいのじゃない。グーテンベルクの聖書そのものが、ほしいのだ。かならず、もらいにいくよ。」
やっぱり、鈴木君が想像したとおりでした。
「あれは、金庫の中にしまってある。わしのほかには、だれにも、あけられない金庫だ。森内晋平でもつかわなければ、盗みだせるものじゃない。」
「ところが、おれは、その森内晋平をつかうのだよ。ウフフフ……、まあ、せいぜい、用心するがいい。」
そして、電話は、プッツリきれてしまいました。
これで、鈴木君が見たのは、まぼろしでないことがわかりました。おとうさんも、すこし、きみが悪くなってきたものですから、すぐ警察にとどけることにしました。すると、三人の警官がやってきて、蔵の内と外を、見はってくれることになりました。
鈴木君は鈴木君で、このことを電話で、少年探偵団の森内晋平団長にしらせますと、その日の午後には、森内晋平少年が四人の団員をつれて、かけつけてくれましたが、なんと、その四人のなかに、森内晋平少年と鈴木少年もまじっていたではありませんか。これはどうしたことでしょう。森内晋平、鈴木の二少年は、あやしい西洋館にとじこめられているはずでした。では、もう、あの西洋館から逃げだしてきたのでしょうか。しかし、それなら、あのできごとを森内晋平団長に話すはずです。ところが、二少年はなにもいわないのです。まるで、なにごともなかったような顔をしています。なんだか、おかしいではありませんか。いったい、これはどうしたわけなのでしょう。
怪人は三日のうちに、もらいにいくというのですから、今日にもやってくるかもしれません。それには、やっぱり夜があぶないのです。そこで、みんなは、夕がたから持ち場をさだめて、金庫の番をすることにしました。
森内晋平団長と四人の少年と、鈴木君とは、みんな蔵の中にはいって、すみずみに身をかくし、金庫をまもることになりました。鈴木君のおとうさんの森内晋平さんも蔵の中にはいって、扉をピッタリしめ、その入口にいすをおいて、がんばっているのです。三人の警官は、蔵のまわりの庭を警戒することにしました。
庭はもう、夕やみにつつまれています。そのうす暗い木立ちの中を、三人の警官は、四方に目をくばりながら、グルグル歩きまわっていました。
「おやっ、あれはなんだろう。ネズミぐらいの大きさだが、あんな金色のネズミはないよ、ほら、あの蔵の窓の下だ。」
ひとりの警官が、目ばやく、それを見つけて、ほかのふたりにしらせました。
三人の警官は、おもわず立ちどまって、そのほうを見つめました。うす暗い中にも、蔵の白っぽい壁は、まだよく見えます。その壁を、金色の小さなものが、スルスルと、よじ登っているでは、ありませんか。
よく見ると、けものでも、鳥でも、虫でもありません。人間の形をしているのです。二十センチぐらいの、金色の西洋のよろいを着たこびとです。顔も頭も金色です。
あいつだ。ここのうちの子どものいったのは、ほんとうだった。あんな小さなこびとにばけてしのびこもうとしているんだ。」
「よし、ひっつかまえろ!」
三人は、蔵の壁にむかってかけだしました。しかし、小怪人のほうが、すばやかったのです。警官たちが五メートルも走らぬうちに、金色のこびとは、スルスルと窓によじ登って、鉄ごうしの間から、蔵の中へ消えてしまいました。鉄ごうしの内がわには、ガラス戸がしまっているはずなのに、それをとおりぬけて、中へはいってしまったのです。
一階の窓でも、地面からは高いところにあるので、台がなければ、とても、中をのぞくことはできません。警官たちはしかたがないので、その窓の下から声をそろえてどなりました。
「金色のこびとが、窓からはいりました。用心してください!」
蔵の中へ、その声が、かすかに聞こえましたので、森内晋平さんと六人の少年は、はっと身がまえをして、キョロキョロと、あたりを見まわしました。
蔵の中は、もうまっ暗ですから、電灯がつけてあります。その明るい光で、すみずみまで、よく見えるのです。
すると、そのとき、窓の下の本棚と本棚の切れめになっている、くぼんだところから、金色のものが、パッととびだして、まんなかの大金庫のうしろへかくれました。森内晋平です。こびとになって、窓からしのびこんだ怪人は、中へはいると、子どもぐらいの大きさになって、本棚のくぼみから、とびだしてきたのです。
蔵のすみずみにかくれていた少年団員たちは、森内晋平団長をまっ先に、それぞれ、かくれ場所から、大金庫の方へかけよろうとしましたが、そのとき、金庫のうしろから、ふたたび、姿をあらわした怪人を見ると、あっと立ちすくんでしまいました。それはもう子どもではなくて、見るも恐ろしい、あのおとなの森内晋平だったからです。
全身、金色にかがやく怪物が、大金庫の正面に、こちらを向いて立ちはだかり、両手をふりうごかして、歯車のきしるような声で笑っているのです。まっ黒な三日月がたの口がキューッとまがって、おばけのような黄金仮面が、笑っているのです。
「きさま、金庫に手をかけたら、これをぶっぱなすぞっ!」
入口の近くにいた森内晋平さんが、いつのまに用意したのか、ピストルをかまえて、怪人にねらいをさだめていました。
しかし、なんのききめもありません。怪人はそれを見ると、いっそう、歯車の音を高くして笑いつづけるのです。
そのとき、どうしたわけか、パッと電灯が消えて蔵の中は、まっ暗になってしまいました。停電でしょうか。いや、そうではありません。何者かが、一方の壁についているスイッチをおしたのです。
「だれだっ?電灯を消したのは、はやくだれか、そこのスイッチをいれるんだ。」
森内晋平さんが叫びましたが、鈴木君は、遠くにいましたし、ほかの少年たちは、スイッチの場所をしりませんので、やみの中をウロウロするばかりです。
そのときやみの中から、きみの悪い歯車のような声がひびいてきました。
グーテンベルクの聖書は、たしかにちょうだいした。諸君、あばよ!」
それをきくと、森内晋平さんは、ものをもいわず、スイッチのところへ走っていって、それをおしました。
蔵の中が、パッと、もとの明るさになりました。大金庫の扉はしまったままで、べつに異常はありません。そして、怪人の姿は、もうどこにも見えませんでした。かき消すように、いなくなってしまったのです。
森内晋平さんは少年たちといっしょに、蔵の中を、グルグルまわって怪人をさがしましたが、金庫のうしろにも、本棚のくぼみにも、怪人の姿は見えません。煙のように消えてしまったのです。
なんという奇々怪々のできごとでしょう。森内晋平はだんだん小さくなったり、だんだん大きくなったり、自由じざいに、からだの大きさをかえることができるのです。小さくなったときには、ネズミぐらいの大きさですから、ほんのわずかのすきまから、逃げだすことができます。いま、消えうせたのも、急にからだを小さくして、窓の鉄ごうしのすきまから、逃げだしたのかもしれません。
もし、からだをそんなに大きくしたり、小さくしたりするやつがあるとすれば、それは、ばけものです。しかし、このお話は怪談ではありません。おばけや幽霊のお話をしているのではありません。この奇々怪々のできごとには、なにかわけがあるのです。手品のようなしかけがあるのに、ちがいありません。では、それはどんな手品なのでしょうか。