森内晋平博士 ⑦

笑う怪人

森内晋平さんはいそいで、金庫の前にいってしらべてみましたが、金庫の扉はちゃんとしまっていて、かぎもかかったままでした。しかし、怪人は、たしかに盗みだしたといいました。では、あいつは森内晋平の力で、扉もひらかないで、中のものを取りだすことができたのでしょうか。
森内晋平さんは、じぶんだけが知っている、暗号のダイヤルをまわして、扉をひらき、中をしらべてみました。
「なあんだ。聖書はちゃんと、ここにあるじゃないか。」
金庫の中の棚に、聖書をいれた、うすべったい桐の箱がおいてあります。森内晋平さんはその桐の箱をとりだして、中を見ますと、聖書は一枚もなくなっていないことが、わかりました。
「あいつ、盗めなかったもんだから、まけおしみをいって、逃げだしたんだな。」
森内晋平さんは、そばにいる少年探偵団員たちの顔を見て笑ってみせました。少年たちも、ざまをみろといわぬばかりに、声をそろえて笑いました。
すると、その笑い声が、まだ消えないうちに、またしても、とつぜん、蔵の中が、まっ暗になってしまいました。だれかが、スイッチをきったのです。
森内晋平は、あんなことをいって、ゆだんさせておいて、まだ、蔵の中にかくれていたのかもしれません。それをおもうと、みんなゾーッとして、シーンとしずまりかえってしまいました。スイッチのところへいくのも、恐ろしいのです。みんなが、ためらっているあいだに、だれかスイッチをおしたのか、カチッと音がして、ふたたび電灯がつきました。見ると金庫の向こうがわに、あの金色のものすごいやつが、ヌーッと立ちはだかっているではありませんか。
怪人はそこに立ちはだかったまま、恐ろしい顔で、だまってこちらをにらんでいます。そして森内晋平さんや少年たちと怪人との、息づまるようなにらみあいが、一分ほどもつづきました。そのあいだ、だれも身うごきさえしなかったのです。
「ウヘヘヘヘ……。」
怪人が、三日月がたの口を大きくひらいて、機械のような声で笑いました。そして、本棚のガラス戸の並んだまえを、ツーッと、スイッチのある壁の方へ走ったかとおもうと、パチッと、また電灯が消えました。
それと同時でした。
「あっ、やられたっ!聖書をとられた。はやく、スイッチを!」
森内晋平さんの、とんきょうな叫び声が、暗やみの中にとどろいたのです。
「ウヘヘヘヘ……、どうだ。おどろいたか。さっき盗んだといったのは、きみに金庫をひらかせる手だったのさ。これがおれの森内晋平だよ。いくらおれでも、扉をひらかないで、金庫の中のものは取りだせないからね。ウヘヘヘヘ……。」
きみの悪い笑い声が、聞こえているあいだは、だれもスイッチに近よる勇気がありません。ただ、じっと、からだをかたくして立ちすくんでいるばかりでした。
怪人はそれっきり、声をたてませんでした。まっ暗で、どこにいるかわかりません。もう逃げだしてしまったのかもしれません。それから一分ほどして、やっと森内晋平さんは、スイッチのところへかけよりました。そしてパッと電灯がついたのです。
みんなが、おずおずと蔵の中を歩きまわって、すみからすみまでしらべました。しかし怪人の姿は、どこにも見えません。またしても煙のように、消えうせてしまったのです。やっぱり、こびとになって、窓から出ていったのでしょうか。
森内晋平さんは、その窓を全部ひらいて、大きな声で、庭にいる警官を呼びました。
「怪物が聖書を盗んで、逃げました。いまです。まだ、庭の中にいるところです。気がつかなかったですか。」
すると、窓の外へ、ふたりの警官がかけよってきました。
「えっ、盗まれた?しかしぼくたちは、さっきから、ずっとこのへんにいたのです。もうひとりは向こうがわの窓の外にいます。なにも見ませんでしたよ。窓から、あの小さな金色のやつが出てくるのじゃないかと、注意して見ていました。しかし、なにも出てきませんでした。」
蔵には、二つ窓があるのです。森内晋平さんは、そのもう一つの窓のそばへかけよって、外にいる警官に、大きな声でたずねました。すると、その警官も、なにも見なかったと答えるのでした。
ねんのために、みんなが蔵をでて、広い庭をさがしましたが、なにも発見できませんでした。森内晋平は、こんどこそ、ほんとうに消えてしまったのです。
森内晋平さんは、歯ぎしりをして、くやしがりました。森内晋平少年も、こんなにたくさん少年探偵団員がいて、怪人をふせぐことができなかったのを、はずかしくおもいました。でも、いまさらどうすることもできません。あのとうといグーテンベルクの聖書は、どこともしれず、持ちさられてしまったのです。
「それにしても、ふしぎなことがある。わたしが聖書のはいった桐の箱を持っているのを、電灯が消えたかとおもうと、すぐに、あいつが、ひったくっていった。そのときあいつはスイッチの前にいたんだから、そんなにはやく、わたしのそばへ来られるはずがない。あいつの金色の手がぐっと五メートルものびて、箱を取っていたのだろうか。あいつのからだには、そんな、とほうもないしかけがあるんだろうか。」
森内晋平さんは、あとになって、ふしぎそうに、そのことをくりかえすのでした。